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連載・特集

緑地帯 菅亮平 被爆再現人形とフィクション⑤

 私は、原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)から個展の依頼を受けた時、原爆資料館の被爆再現人形を題材とした作品を初めて具体的に構想した。

 原子爆弾の被害を描いた「原爆の図」は、画家の丸木位里・俊が共同制作した絵画である。被爆直後の広島に向かった丸木夫妻は、8月の広島の様相を目撃し、この惨状を絵にして世に伝えるべきだと考え、32年をかけて全15部に及ぶ「原爆の図」の連作を描きあげる。また、夫妻が全国を巡回して展覧会を開催し、被爆の実情を広く世に伝えたことが知られている。

 「原爆の図」では、被爆再現人形と同様に、被爆した人々の全身を焼かれて皮膚がむけた姿がほぼ等身大に表されており、生身の人間の痛みの表出を試みている。そして、本作に対しても「原爆被害の凄惨(せいさん)な情景はこんなものではなかった」という批判と、原子爆弾の被害を伝える上で果たした功績を肯定する意見の双方がつきまとってきた。

 「爆心地の話をつたえてくれる人は、いません」。これは丸木夫妻が手がけた絵本「ピカドン」の文言である。被爆の「実相」とは、突き詰めれば誰にも知りえないものかもしれない。しかし、私たちはその強大な暴力の不条理さを理解し、他者の痛みを想像する意思を止めてはならない。私たちの想像力を喚起するフィクションの力とは何か。「原爆の図」と被爆再現人形を対照させることで、表現の果たす役割とその限界を問い直したいと思った。(美術作家、広島市立大講師=広島市)

(2024年9月25日朝刊掲載)

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