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社説・コラム

天風録 『広島アジア大会30年』

 30年前のきのう、広島アジア大会の開会式で観客が肝を冷やすシーンがあった。聖火走者が聖火台にトーチをかざしてもしばらく炎が上がらなかった。実は計画通り。会場を舞うハトが万が一にも焼けないための配慮だった▲被爆地での開催意義に共鳴し、史上最多の42カ国・地域が集った。それぞれ民族紛争や貧困問題を抱えていたが、全ての参加者を尊重し、ハトさえ傷つけぬ理念が響いたのだろう。「アジアは大きな家族だ」。そんな声が翌日の本紙に刻まれていた▲戦火と隣り合わせの人もいた。イラクとの戦争で両足を失ったイランの元選手は広島訪問の夢をかなえた。暫定自治が始まったパレスチナは15歳の卓球選手が一人で参加した。破壊された故郷を勇気づけたいと願って▲あの頃の希望はどこへ消えたのか。きのう、イランは180発ものミサイルをイスラエルに撃ち込んだ。パレスチナ自治区ガザでは毎日住民の命が消えている。世界の混迷は増すばかり▲公民館の「一館一国・地域応援事業」で今でも交流が続くのは一部にとどまる。アジアの一員として私たちに何ができるか。為政者の耳元で叫びたい。「家族」にとって平和に勝る幸せはないと。

(2024年10月3日朝刊掲載)

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