[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「伝言」 中脇初枝著(講談社)
24年10月7日
「気づいた」責任果たす
時はアジア太平洋戦争末期。物語は少女の語りで始まる。〈将校さんはおっしゃった。「これから行う作業は軍事秘密である。決してだれにも言ってはいけない」〉
大日本帝国下の満州(現中国東北部)を舞台に、知らぬまま「風船爆弾」の製造に携わった女学生の戦争とその後を描いた長編小説である。新京(現長春)で女学校に通うひろみを主人公に、息子を抗日運動で亡くした中国人の李太太、関東軍で極秘研究に就く島田―語り手を変えながら史実のディテールを浮かび上がらせる。
ひろみたち女学生は工場に動員され、鉄板にこんにゃくのりを塗って和紙を貼る作業に当たっている。何のための作業か教えてもらえないが「撃ちてし止(や)まむ」と自らを律し、体調を崩してもやけどをしても献身的に働く。だがやがてソ連が参戦、日本は敗戦し―。
終盤で描かれるのは現代。90代のひろみは引き揚げた高知で旧満州に関する資料を大量に収集し次代に残そうとしている。たくさんの「気づけなかったこと」への後悔からだ。自分が作っていたのは細菌兵器を載せソ連に飛ばす計画の風船爆弾だったこと、「五族協和」の名の下に現地の人から搾取していた「満州国」の仕組み、弱い立場の人がより辛苦を強いられた戦争の現実…。
請われて大学での証言会に立ったひろみの決意が胸を打つ。「人は、びっくりするくらいあっという間に、あらゆることを忘れる。だから、わたしに託されたことを、わたしは忘れない」。「気づいた」者の責任として伝えるのだ。なかったことにしないため、二度と同じ思いをする人を生まないために。
これも!
①吉村昭著「蚤と爆弾」(文春文庫)
②中脇初枝著「世界の果てのこどもたち」(講談社文庫)
(2024年10月7日朝刊掲載)