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連載・特集

ガザとヒロシマ 戦闘開始1年 <下> 揺れた被爆地

式典招待巡り政治問題化

不戦と人道 問われる姿勢

 パレスチナ自治区ガザで数百万人が死に直面する中、二つの被爆地の対応を巡り世界で賛否が渦巻いた。

 「多くの罪のない市民が犠牲になっていることが一番の問題。平和都市を目指す本市としては、世界中の都市と連携し、暴力を否定していく」。イスラエル軍とイスラム組織ハマスの戦闘開始から1年を控えた9月30日、広島市の松井一実市長が記者会見で述べた。

 「暴力の否定」。当事国にどう伝えるべきか。

2被団協は反発

 市は今年8月6日の平和記念式典に、例年通りイスラエルの政府代表を招待。ギラッド・コーヘン駐日大使が出席した。一方、「日本に大使館のある全ての『国』」を招くという市の現行基準により、日本政府が国家承認をしていないパレスチナは対象外だ。ウクライナ侵攻を続けるロシアと同盟国ベラルーシについては、「式典の円滑な挙行に影響を及ぼす可能性」を理由に3年連続で招待を見送った。

 これに対し広島県被団協(箕牧(みまき)智之理事長)ともう一つの県被団協(佐久間邦彦理事長)は、本来はどの国も招くべきだと念押しした上で、「ロシアとベラルーシを例外とするならイスラエルも招くべきでない」と反発。原爆ドーム(中区)前で抗議運動を続ける市民団体「広島パレスチナともしび連帯共同体」は「ジェノサイド(民族大量虐殺)を容認するというメッセージを被爆地から世界に送ることになる」と断じた。

 方針を異にしたのが長崎市だ。

 8月9日の平和祈念式典で、これまで通りパレスチナを招いたが、イスラエル招待は取りやめた。不測の事態を考慮したためで「政治的な理由ではない」と鈴木史朗市長。だが日本を除く米英など先進7カ国と欧州連合の駐日大使は出席を事実上ボイコット。在日イスラエル大使館は書面取材に、長崎市は自ら「国際的に象徴的な価値を持つ式典の意義を毀損(きそん)させた」と答えた。

来年は見直しも

 両市は、原爆犠牲者を悼む式典の目的に照らし「慎重に検討した」と口をそろえる。式典を政治利用されないように、との苦悩は同じ。松井市長は「各国を評価して招待する、しないを決めているのではない」と語る。

 ただ、既に世界150カ国近くがパレスチナを国家承認しており、日本はむしろ少数派だ。駐日パレスチナ常駐総代表部のワリード・シアム大使は「平和都市を掲げるなら広島市は全ての国と地域を招くべきだ」と強調する。市は来年に向けて、式典の参列要請の在り方を見直す考えだ。

 「親も日常も奪われたガザの子どもの姿が広島と重なる。無差別攻撃に黙っていられない」。1945年3月の東京大空襲を経験後、広島県内に疎開し入市被爆した箕牧さんは語る。「政府の外交方針や大国の論理と一線を画して、自ら判断、行動してこそ被爆地だ」

 来年も招待方針を巡って、国際社会は日本の二つの地方都市の振る舞いに反応するはずだ。裏を返せば、被爆者らが報復の連鎖を否定し、戦争と核兵器なき平和を世界に訴えてきた蓄積ゆえのヒロシマ・ナガサキの存在感だろう。核兵器使用の恐れもはらむ現在進行形の人道危機と向き合い、発信すべきことは何か。私たちが問われている。(野平慧一、小林可奈)

(2024年10月6日朝刊掲載)

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