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連載・特集

緑地帯 石原香絵 地域のフィルムは地域で守る⑤

 1990年代半ばまで主流だったアセテート製の映画フィルムは、劣化が進むと強烈な酢酸臭を放ち、ぶよぶよのワカメ状になって取り返しがつかなくなる。その症状は「ビネガーシンドローム」と呼ばれ、周囲の健康なフィルムにも感染するから手に負えない。広島市映像文化ライブラリーの収蔵庫に続く階段を下りるとき、酸っぱい臭いが漂ってくるのはそのためだ。

 「それなら急いでデジタル化を済ませ、時代遅れのフィルムは捨ててしまえばいい」と思ったら大間違い。形式の変化が目まぐるしいデジタルデータは驚くほど短命で、確実に残すには、数十年に1度のサイクルで新しい形式に変換しなければならない。片やフィルムは、乾燥したセ氏5度以下の環境で冷蔵すれば500年は保つといわれる優秀な保存媒体だ。デジタルデータより安定していて、かつ安価に長期保存できるアナログ資料の特質を見失わないでほしい。

 ユネスコの「動的映像の保護及び保存に関する勧告」採択の2年後、82年に誕生した同ライブラリーには、手塚治虫監督「おんぼろフィルム」(1985年)をはじめ広島国際アニメーションフェスティバルで上映された作品もある。広島駅前への移転を目前に控え、無声映画のフィルムから近年のデジタルシネマまで扱う本格的なフィルムアーカイブとして生まれ変わろうとしている転換期。映画ファンのみならず、市民の理解と支援の声は大きな力になるだろう。(NPO法人映画保存協会代表=東京都)

(2024年10月5日朝刊掲載)

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