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社説・コラム

天風録 『西田敏行さん』

 福島育ちの少年は毎年8月6日の朝、祈りをささげる養母を見てきた。原爆や放射能の話もよく聞いたという。原発に疑念が拭えず、長じて売れっ子の役者となっても電力会社のCMに出たことはない▲かつて週刊誌「AERA(アエラ)」の記事で生い立ちを明かした西田敏行さんの他界が伝えられた。76歳。あまりにも突然の、うそのような訃報である。ほんの10日ほど前、新作映画の会見場に、当たり役となった腹に一物ある院長姿で現れたばかりなのに▲追悼記事がきのう地元紙の福島民報に並んだ。〈福島県復興寄り添う〉〈親しまれた福島弁〉…。東日本大震災以降、比類ない伴走者だったのだろう▲口の重い福島人の代弁者でもあった。原発事故の折は阿修羅のような形相を隠さなかった。「個人的には、原発はノー」。TVドラマ「西遊記」の猪八戒(ちょはっかい)や映画「釣りバカ日誌」の浜ちゃんなど、どんな役からもにじみ出る愛嬌(あいきょう)はかけらもなかった▲思えば3年前、吉永小百合さんとの共演映画「いのちの停車場」の劇場で語っていた。「寝る前に必ず1回は、あした死んでいたら…と考える。そんな人生、何か幸せだなと思う」と。せめて、お別れの汽笛が聞きたかった。

(2024年10月19日朝刊掲載)

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