社説 ’24衆院選 安全保障・外交 防衛力強化の是非 論じよ
24年10月22日
衆院選は終盤戦に入る。自民党総裁選から続く短期決戦ではやはり「政治とカネ」が大きな争点だが、日本の安全保障と外交の現状が問われていることも忘れたくない。
自民公約で封印したとはいえ、石破茂首相が就任前に唱えた「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」構想が物議を醸した。重要なのは現実的とは思えない首相の持論に振り回されることではない。防衛力の大幅強化に象徴される岸田政権時代の安保政策の大転換の是非に、有権者が判断を下すことだ。
岸田政権の3年を振り返ると世界はまさに激動だった。ロシアによるウクライナ侵攻が日本の安保政策にとって一つの転機となったのは間違いない。そこに中国の軍事力強化と台湾海峡を巡る緊張が加わった。北朝鮮の核・ミサイル開発も加速し、悪化する国際情勢に国民の危機感が強まったのは確かだ。
しかし岸田政権がろくに国会で審議しないまま「安全保障関連3文書」改定を閣議決定し、前に進めた手法は問題だ。何より国内総生産(GDP)比で1%程度だった防衛費を倍増するとし、2023年度から5年で43兆円という総額を唐突に打ち出した。
さらに専守防衛を逸脱しかねない「敵基地攻撃能力」の保有を認め、南西諸島で拡充する自衛隊基地には中国をにらんだ長射程ミサイルの配備が想定されている。そうした中で日米同盟強化を旗印に、自衛隊と米軍の一体化がさまざまな点で加速しつつある。
与野党の攻防の中で、こうした現状がどこまで語られているか。おとといのテレビ討論では、防衛力強化の財源となる増税の開始時期を巡って与野党幹部が応酬した。自民が唱える「抜本的強化」が、いつしか既定路線となりつつあるようにも見える。
防衛力強化を求める国民の声が前より大きいのは事実だろう。ただ43兆円という額にしても十分な理解を得られているとは思えない。防衛費を何のため増やし、何に使うのか。やみくもな強化が周辺国にどんな影響を及ぼすか。正確な情報を開示した上で、日本に見合った防衛力はどれほどかを考える本質的な議論が要る。そこで日本が掲げてきた平和外交の役割を同時に考えるのは当然のことだ。
その意味で野党の公約は、全体として物足りない。第1党の立憲民主党は「急増した防衛予算を精査し、防衛増税は行わない」などとする。安保政策の現状を正面から否定するのは共産党などに限られるが、政権交代の受け皿となり得るかどうか。
「外交力と抑止力は二択ではない」。石破氏は8月に出した自著「保守政治家」でそう書き、中国脅威論ばかりが幅を利かせるとバランスのある議論ができなくなる、と指摘した。その認識は正しい。厳しい情勢だからこそ防衛力のみに頼らず、対話と協調で解決する姿勢も求められる。
自公政権の路線を容認するかどうか、有権者に委ねられた。戦後80年を前に、日本外交の将来を左右する岐路に立つことを認識しておきたい。
(2024年10月22日朝刊掲載)
自民公約で封印したとはいえ、石破茂首相が就任前に唱えた「アジア版NATO(北大西洋条約機構)」構想が物議を醸した。重要なのは現実的とは思えない首相の持論に振り回されることではない。防衛力の大幅強化に象徴される岸田政権時代の安保政策の大転換の是非に、有権者が判断を下すことだ。
岸田政権の3年を振り返ると世界はまさに激動だった。ロシアによるウクライナ侵攻が日本の安保政策にとって一つの転機となったのは間違いない。そこに中国の軍事力強化と台湾海峡を巡る緊張が加わった。北朝鮮の核・ミサイル開発も加速し、悪化する国際情勢に国民の危機感が強まったのは確かだ。
しかし岸田政権がろくに国会で審議しないまま「安全保障関連3文書」改定を閣議決定し、前に進めた手法は問題だ。何より国内総生産(GDP)比で1%程度だった防衛費を倍増するとし、2023年度から5年で43兆円という総額を唐突に打ち出した。
さらに専守防衛を逸脱しかねない「敵基地攻撃能力」の保有を認め、南西諸島で拡充する自衛隊基地には中国をにらんだ長射程ミサイルの配備が想定されている。そうした中で日米同盟強化を旗印に、自衛隊と米軍の一体化がさまざまな点で加速しつつある。
与野党の攻防の中で、こうした現状がどこまで語られているか。おとといのテレビ討論では、防衛力強化の財源となる増税の開始時期を巡って与野党幹部が応酬した。自民が唱える「抜本的強化」が、いつしか既定路線となりつつあるようにも見える。
防衛力強化を求める国民の声が前より大きいのは事実だろう。ただ43兆円という額にしても十分な理解を得られているとは思えない。防衛費を何のため増やし、何に使うのか。やみくもな強化が周辺国にどんな影響を及ぼすか。正確な情報を開示した上で、日本に見合った防衛力はどれほどかを考える本質的な議論が要る。そこで日本が掲げてきた平和外交の役割を同時に考えるのは当然のことだ。
その意味で野党の公約は、全体として物足りない。第1党の立憲民主党は「急増した防衛予算を精査し、防衛増税は行わない」などとする。安保政策の現状を正面から否定するのは共産党などに限られるが、政権交代の受け皿となり得るかどうか。
「外交力と抑止力は二択ではない」。石破氏は8月に出した自著「保守政治家」でそう書き、中国脅威論ばかりが幅を利かせるとバランスのある議論ができなくなる、と指摘した。その認識は正しい。厳しい情勢だからこそ防衛力のみに頼らず、対話と協調で解決する姿勢も求められる。
自公政権の路線を容認するかどうか、有権者に委ねられた。戦後80年を前に、日本外交の将来を左右する岐路に立つことを認識しておきたい。
(2024年10月22日朝刊掲載)