[歩く 聞く 考える] 衆院選と核なき世界 平和賞が問う被爆国の責任 広島大平和センター長 川野徳幸さん
24年10月30日
日本被団協のノーベル平和賞受賞決定は、衆院選の公示直前というタイミングだった。衆院選は「核兵器のない世界」への関心を政治レベルで高め、「唯一の戦争被爆国」の役割を考えるきっかけになったのか。広島大平和センター長の川野徳幸さん(58)に聞いた。(論説主幹・山中和久、写真・浜岡学)
―衆院選をどう見ましたか。
被団協の受賞決定後に行われた与野党党首の討論会で、核兵器禁止条約への参加が議論の俎上(そじょう)に載りました。初めてといっていい。画期的なことです。
―米国の「核の傘」に入る日本政府は禁止条約を批准せず、締約国会議へのオブザーバー参加もしていません。
自民党以外の党首は、オブザーバー参加や条約批准を求めています。オブザーバー参加について石破茂首相が「真剣に考える」と言ったことには意味があります。これまで政府が真剣に考えたことはありません。核なき世界を目指す上で、国民の多くが求める選択肢として排除できないと判断したのでしょう。
―選挙戦は自民党の派閥裏金事件を巡る攻防に焦点が当たり、自民党は大敗。公明党と合わせた与党は過半数割れに追い込まれました。
争点は結果的に「政治とカネ」問題に収斂(しゅうれん)してしまい、核兵器廃絶の議論は深まりませんでした。被爆地広島の選挙区も例外ではありません。
ただ、ふたをあけてみればオブザーバー参加を迫る勢力が伸び、公約に書き込んでいないものの党首がオブザーバー参加を求めた日本維新の会と国民民主党を合わせて過半数となりました。そのきっかけは、被団協の受賞決定によるものかもしれません。
―ノルウェー・ノーベル委員会が今年、平和賞を被団協に授与する意味は。
ロシアによるウクライナ侵略やパレスチナ自治区ガザでの戦闘で、国際社会における核の脅威への緊張感は高まっています。「核を二度と使わせない、使ってはいけない」というメッセージでしょう。もっといえば、被爆者に頼らざるを得ないほどの危機感の表れではないかと思います。
非政府組織(NGO)の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))が2017年にノーベル平和賞を受賞し、「ヒバクシャ」への世界の認知度が深まりました。ICANに続いて被団協が受賞したことは、身をもって核の被害を知らしめた被爆者の再認識であり、活動の再評価です。
―日本が果たすべき役割を考えざるを得ません。
被団協への授与は、唯一の戦争被爆国に行動を促す「くさび」だと思います。平和国家を標榜(ひょうぼう)し、核なき世界を掲げる日本は具体的に何をするべきなのか。その重い責任が課されました。オブザーバー参加はその一つの方法です。核なき世界の旗を振るためには、振るのにふさわしい場所に立たなければなりません。
―ノーベル委員会は授賞理由で「いつか歴史の目撃者としての被爆者は私たちの目の前からいなくなる」と言及しています。
被爆者の語りは力強く、圧倒的です。しかし頼れなくなる社会は遠くない。記憶と記録の継承には広島、長崎の両被爆地とともに、国がもっと積極的に関与すべきです。原爆とは何だったのか、その実態は国内でも共有されているとは言えません。国内の理解を深め、その上で、目指す未来は核廃絶しかないと思う仲間を海外に増やしていく務めがあります。
―締約国会議は来年3月に予定されています。
今年12月に平和賞の授賞式があり、被爆者の訴えが世界に発信されます。オブザーバー参加に踏み出す好機であり、議論を途絶えさせてはなりません。政権の枠組みを巡る政局ばかりに目を奪われないよう、私たちは注意深く見る必要があります。
核廃絶を掲げ、同時に「核の傘」を許容する。この矛盾について議論を起こすことも政治の役割のはずです。一方で、核なき世界を理想ではなく、現実の争点に据えるためには国民一人一人が自分ごととして考えること、そして被爆者を支えてきた両被爆地の役割も重要です。
かわの・のりゆき
鹿児島県志布志市生まれ。広島大大学院医歯薬学総合研究科博士課程修了。医学博士。同大原爆放射線医科学研究所助手、同大平和科学研究センター(現平和センター)准教授を経て2013年に同センター教授。17年、センター長兼任。専門は原爆・被曝(ひばく)研究、平和学。
(2024年10月30日朝刊掲載)
―衆院選をどう見ましたか。
被団協の受賞決定後に行われた与野党党首の討論会で、核兵器禁止条約への参加が議論の俎上(そじょう)に載りました。初めてといっていい。画期的なことです。
―米国の「核の傘」に入る日本政府は禁止条約を批准せず、締約国会議へのオブザーバー参加もしていません。
自民党以外の党首は、オブザーバー参加や条約批准を求めています。オブザーバー参加について石破茂首相が「真剣に考える」と言ったことには意味があります。これまで政府が真剣に考えたことはありません。核なき世界を目指す上で、国民の多くが求める選択肢として排除できないと判断したのでしょう。
―選挙戦は自民党の派閥裏金事件を巡る攻防に焦点が当たり、自民党は大敗。公明党と合わせた与党は過半数割れに追い込まれました。
争点は結果的に「政治とカネ」問題に収斂(しゅうれん)してしまい、核兵器廃絶の議論は深まりませんでした。被爆地広島の選挙区も例外ではありません。
ただ、ふたをあけてみればオブザーバー参加を迫る勢力が伸び、公約に書き込んでいないものの党首がオブザーバー参加を求めた日本維新の会と国民民主党を合わせて過半数となりました。そのきっかけは、被団協の受賞決定によるものかもしれません。
―ノルウェー・ノーベル委員会が今年、平和賞を被団協に授与する意味は。
ロシアによるウクライナ侵略やパレスチナ自治区ガザでの戦闘で、国際社会における核の脅威への緊張感は高まっています。「核を二度と使わせない、使ってはいけない」というメッセージでしょう。もっといえば、被爆者に頼らざるを得ないほどの危機感の表れではないかと思います。
非政府組織(NGO)の核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN(アイキャン))が2017年にノーベル平和賞を受賞し、「ヒバクシャ」への世界の認知度が深まりました。ICANに続いて被団協が受賞したことは、身をもって核の被害を知らしめた被爆者の再認識であり、活動の再評価です。
―日本が果たすべき役割を考えざるを得ません。
被団協への授与は、唯一の戦争被爆国に行動を促す「くさび」だと思います。平和国家を標榜(ひょうぼう)し、核なき世界を掲げる日本は具体的に何をするべきなのか。その重い責任が課されました。オブザーバー参加はその一つの方法です。核なき世界の旗を振るためには、振るのにふさわしい場所に立たなければなりません。
―ノーベル委員会は授賞理由で「いつか歴史の目撃者としての被爆者は私たちの目の前からいなくなる」と言及しています。
被爆者の語りは力強く、圧倒的です。しかし頼れなくなる社会は遠くない。記憶と記録の継承には広島、長崎の両被爆地とともに、国がもっと積極的に関与すべきです。原爆とは何だったのか、その実態は国内でも共有されているとは言えません。国内の理解を深め、その上で、目指す未来は核廃絶しかないと思う仲間を海外に増やしていく務めがあります。
―締約国会議は来年3月に予定されています。
今年12月に平和賞の授賞式があり、被爆者の訴えが世界に発信されます。オブザーバー参加に踏み出す好機であり、議論を途絶えさせてはなりません。政権の枠組みを巡る政局ばかりに目を奪われないよう、私たちは注意深く見る必要があります。
核廃絶を掲げ、同時に「核の傘」を許容する。この矛盾について議論を起こすことも政治の役割のはずです。一方で、核なき世界を理想ではなく、現実の争点に据えるためには国民一人一人が自分ごととして考えること、そして被爆者を支えてきた両被爆地の役割も重要です。
かわの・のりゆき
鹿児島県志布志市生まれ。広島大大学院医歯薬学総合研究科博士課程修了。医学博士。同大原爆放射線医科学研究所助手、同大平和科学研究センター(現平和センター)准教授を経て2013年に同センター教授。17年、センター長兼任。専門は原爆・被曝(ひばく)研究、平和学。
(2024年10月30日朝刊掲載)