岩国工生 平和へ誓い新た 85周年で慰霊祭 空襲の犠牲者悼む 「悲惨さ 次世代に伝える」
24年11月21日
岩国市の岩国工業高で20日、太平洋戦争中の空襲で学徒動員中に犠牲となった生徒たちを悼む慰霊祭があった。同校の創立85周年事業として補修した慰霊碑の前で、生徒たちは黙とうし、平和への誓いを新たにした。(近藤結一)
生徒や同窓会、学校の関係者たち約30人が、正門横にある慰霊碑の前に並んだ。同窓会の菊川尊樹会長(69)が式辞を述べ、生徒会長の3年小林奏多(かなた)さん(17)が「戦争の悲惨さ、怖さに向き合い、次世代に伝えていくことが私たちができる平和の一歩」と追悼の言葉を語った。白い花をささげ、犠牲者の冥福を祈った。
1945年5月10日、米軍が旧岩国陸軍燃料廠(しょう)や隣接する興亜石油を空襲し、前身の岩国工業学校の生徒と講師たち計9人が亡くなった。同窓会が69年に慰霊碑を校内に建てた。老朽化して文字が読みにくくなったため、同窓会が補修した。戦争の悲惨さを心に刻み、平和への思いを受け継ごうと、生徒会が慰霊祭を開いた。
この日は創立85周年記念行事としてK―1選手などのトレーナーで活躍する卒業生の渡辺雅和さんの講演もあった。
(2024年11月21日朝刊掲載)
生徒や同窓会、学校の関係者たち約30人が、正門横にある慰霊碑の前に並んだ。同窓会の菊川尊樹会長(69)が式辞を述べ、生徒会長の3年小林奏多(かなた)さん(17)が「戦争の悲惨さ、怖さに向き合い、次世代に伝えていくことが私たちができる平和の一歩」と追悼の言葉を語った。白い花をささげ、犠牲者の冥福を祈った。
1945年5月10日、米軍が旧岩国陸軍燃料廠(しょう)や隣接する興亜石油を空襲し、前身の岩国工業学校の生徒と講師たち計9人が亡くなった。同窓会が69年に慰霊碑を校内に建てた。老朽化して文字が読みにくくなったため、同窓会が補修した。戦争の悲惨さを心に刻み、平和への思いを受け継ごうと、生徒会が慰霊祭を開いた。
この日は創立85周年記念行事としてK―1選手などのトレーナーで活躍する卒業生の渡辺雅和さんの講演もあった。
(2024年11月21日朝刊掲載)