原爆見つめた2人の学長 広島大医学資料館で業績たどる企画展 「原爆の子」集合写真など50点
24年12月2日
被爆した子どもたちの手記集「原爆の子」を編集した広島文理科大(現広島大)元学長の長田(おさだ)新氏(1887~1961年)、原爆症を研究した広島大元学長の飯島宗一氏(1922~2004年)―。長野県出身の両氏の業績をたどる企画展「信州から来た2人の学長、原爆を見つめる」が、広島市南区の広島大医学部医学資料館で開かれている。25日まで。(鈴木大介)
同大原爆放射線医科学研究所(原医研)が主催し、関連資料約50点を展示する。「原爆の子」に手記を寄せた子どもの集合写真、手記集に基づく新藤兼人監督の映画のパンフレットなどが並ぶ。飯島氏の主導で、大学関係の原爆死没者名簿や遺稿を収録した被災誌「生死の火」もある。
長田氏は教育学者で自らも被爆し、終戦直後に学長として大学の復興に尽くした。飯島氏は病理学者で、69~77年の学長時代に同大で初めて原爆死没者追悼式を開いた。
原医研付属被ばく資料調査解析部の久保田明子助教は、2人の母校(旧制諏訪中、現諏訪清陵高)の「正しいと確信したら困難があっても立ち向かう」校是が、気概の土台にあると分析。「被爆地の大学の使命を考え、信念を持って行動した2人の業績を知ってほしい」と話す。
無料。平日午前10時~午後4時。
(2024年12月2日朝刊掲載)
同大原爆放射線医科学研究所(原医研)が主催し、関連資料約50点を展示する。「原爆の子」に手記を寄せた子どもの集合写真、手記集に基づく新藤兼人監督の映画のパンフレットなどが並ぶ。飯島氏の主導で、大学関係の原爆死没者名簿や遺稿を収録した被災誌「生死の火」もある。
長田氏は教育学者で自らも被爆し、終戦直後に学長として大学の復興に尽くした。飯島氏は病理学者で、69~77年の学長時代に同大で初めて原爆死没者追悼式を開いた。
原医研付属被ばく資料調査解析部の久保田明子助教は、2人の母校(旧制諏訪中、現諏訪清陵高)の「正しいと確信したら困難があっても立ち向かう」校是が、気概の土台にあると分析。「被爆地の大学の使命を考え、信念を持って行動した2人の業績を知ってほしい」と話す。
無料。平日午前10時~午後4時。
(2024年12月2日朝刊掲載)