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連載・特集

緑地帯 武部好伸 「映画」事始め+広島⑤

 「これ、小説にしたら、絶対に面白いですよ」。2016年刊の拙著「大阪『映画』事始め」(彩流社)を手に取った複数の読者から、こんな声が寄せられた。「えっ、小説!?」

 米国・エジソン社の映写機ヴァイタスコープを輸入した大阪の荒木和一とフランス・リュミエール社のシネマトグラフを持ち帰った京都の稲畑勝太郎。確かに米仏の代理戦争のごときドラマチックな展開だ。ぼくの心が大きく動いた。

 これまで数編の小説を書いてはいたのだが、商業出版は未経験。とにかく肉付けが必要だ。荒木家の親族や映画史研究者から新たな資料や情報を得るだけではなく、晩年の和一が関係を深めた同志社大の図書館と同志社女子大の資料館に通い詰めた。さらに勝太郎に関しても洗いざらい精査した。

 こうして集めた〈材料〉を基に面白い読み物にしなくてはならない。そこで架空の人物や刺激的な設定を創作し、コンテを煮詰めていった。とはいえ、基本、映画史の出来事に関しては忠実に描く姿勢を貫いたので、ノンフィクション小説といえる。

 原稿を書き上げるたびに今は亡き妻(最初の読者)に見てもらっていたが、「ドラマ性に乏しい」「説明が多過ぎる」と苦言ばかり。何度、書き直しても、OKが出ない。時間ばかりが過ぎていき、もう断念しようと思った時、頭の上から男の声が聞こえてきた。「ネバー・ギブアップ!」。声の主は和一だった。えっ! (作家・エッセイスト=大阪市)

(2024年12月3日朝刊掲載)

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