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社説・コラム

社説 韓国の非常戒厳 大統領の任に値しない

 民主主義国として経済発展を遂げた韓国で、かつての軍事独裁時代をほうふつとさせる事態が起きた衝撃は大きい。尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が非常戒厳を宣言した。きのう国会の議決を受けて解除したが、混乱が続いている。

 非常戒厳は戦時などの非常事態に、武力で秩序を維持する仕組みだ。言論の自由をはじめ市民の権利を制限できる強大な権限が大統領にはある。1987年に民主化して以降は初めて。なぜ戦時並みの非常事態と判断したのか、全く理解できない。

 尹氏は最大野党「共に民主党」を名指しして「国政をまひさせた」と批判し、「憲政秩序を守る」と宣言の理由を表明した。現在の国会は野党が過半数を占め、政権方針と対立する法案の提出や採決の強行が続く。要は内政の行き詰まりを打開するため、非常戒厳を使ったといえよう。

 民主主義の根幹を揺るがす暴挙だ。戒厳司令部が発表した布告令は、国会の活動、集会やデモなど「一切の政治活動を禁じる」とした。これは軍という「暴力」を使い、政治的な反対勢力の活動や言論を封じることに他ならない。実際、国会で軍人らが出入りを統制した。これでは軍事政権と何ら変わらない。

 尹氏は国内だけでなく、国際社会に対しても、まずは謝罪すべきだ。非常戒厳の判断を正当化するなら、もはや大統領の任に値しない。

 就任から2年半で支持率が20%前後に低迷し、追い込まれていたのは確かだろう。ただ自業自得の側面は強い。4月の総選挙で与党が大敗し、国会運営で野党の協力が一層欠かせない情勢になったにもかかわらず、可決法案への拒否権を発動するなど強硬な姿勢を続けた。選挙の公認への介入をはじめ、夫人の不正疑惑も相次ぎ浮上した。

 非常戒厳によって亀裂はさらに広がった。最大野党は退陣を要求し、他の野党と共に大統領の弾劾を求める議案を国会に提出した。野党だけでは可決に必要な3分の2に足りないが、与党「国民の力」からも大統領の手法を非難する声が相次ぐ。政治の混乱が長引くのは必至だ。

 圧政の恐怖と、血を流して得た民主化の歩みを思い返した国民は多いはずだ。80年、南西部の光州で民主化デモに軍が発砲し、市民が多数犠牲になった光州事件は、クーデターで実権を握った軍部による戒厳令下で起きた。記憶が継がれたからこそ今回、危機感を持った市民らが国会前に集まり、国会議員の解除要求決議を後押ししたのだろう。

 尹氏に民主化への理解と敬意があれば、安易な判断に傾かなかったはずだ。国会の内外で軍や市民、議員が入り乱れる一触即発の中、流血の事態を免れたのは幸いだった。歴史を踏まえた理性が働いた結果ではないか。

 国際社会に目を転じると、米国では4年近く前、大統領選の結果を否定するトランプ前大統領の支持者らが、連邦議会の議事堂を暴力で占拠する事件があった。民主主義は権力者によって壊されかねない。守る努力を続けたい。

(2024年12月5日朝刊掲載)

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