[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「原爆詩集」峠三吉著(岩波文庫)
24年12月10日
にんげんをかえせ 原点の叫び
子どもの頃は良さが分からなかった。まっすぐな言葉がスローガンのようで怖かったのだ。大人になって読み返し、雷に打たれたような衝撃を受けた。〈ちちをかえせ ははをかえせ〉で始まる有名な詩は「序」で詩集の入り口に過ぎない。そこから言葉の力で、読む者をきのこ雲の下の惨状に引き込んでいく。
峠三吉が生前刊行したたった1冊の自選詩集である。初版は1951年9月刊。米軍を中心とした占領下だった。50年に朝鮮戦争が始まり、当時のトルーマン米大統領が原爆使用をほのめかしていた。言論は統制され、広島では8月6日の「平和祭」が中止に。
そんな時代の空気が詩人をとどまらせなかったのだろう。詩集はガリ版刷りの私家版で発行される。占領が解けた52年、初版に5編を加えた青木書店刊行の文庫が、本書の底本になっている。
峠は詩という手段で、人間の尊厳まで奪い去った原爆を死者に代わって告発する。
〈何故こんな目に遭わねばならぬのか/なぜこんなめにあわねばならぬのか/何の為(ため)に/なんのために/そしてあなたたちは/すでに自分がどんなすがたで/にんげんから遠いものにされはてて/しまっているかを知らない〉(「仮繃帯(ほうたい)所にて」から)。
核兵器廃絶を訴える被爆者運動の根っこにあるのは、奪われたものを「まどうてくれ」という切実な思いだ。それは峠の「にんげんをかえせ」という根源的な叫びとも重なる。
〈二度とこんな目を/人の世におこさせぬちからとなるんだ〉(「としとったお母さん」から)。日本被団協にノーベル平和賞が授与されるきょう、あらためて原点からの言葉を胸に刻む。
これも!
①峠三吉・山代巴編「詩集 原子雲の下より」(青木書店)
②米田栄作著「詩集 川よとわに美しく」(第二書房)
(2024年12月10日朝刊掲載)