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連載・特集

緑地帯 玉本英子 ウクライナ 戦火の地で③

 ウクライナ南部オデッサのホテルに滞在していた今年3月。突然、夜空に爆発音が何度も響き渡った。飛来したロシア軍の自爆攻撃型ドローンを迎撃する、ウクライナ軍の対空砲火だ。私は慌ててビデオカメラを取り出し、窓から撮影した。

 夜が明け、ドローンが炸裂(さくれつ)した集合住宅に向かった。多数の市民が犠牲となった現場でのつらい取材を終え、ホテルに戻った時のこと。2人の大柄な男が部屋にやって来た。ウクライナ保安庁(SBU)の捜査員と名乗り、「これは、あなただな」とスマートフォン画面の写真を見せた。窓越しにカメラを手にする私の姿が写っていた。ホテルの裏の住人が「ロシアのスパイではないか」とスマホで撮影し、通報したそうだ。

 旧ソ連の秘密警察、国家保安委員会(KGB)をウクライナで引き継いだのがSBUだ。私はウクライナ軍発行の記者証を示し、取材だと説明した。だが、「対空迎撃の詳細な撮影は困る」と厳重注意を受けた。住民に「密告」されたことや、捜査員がすぐに部屋を特定して訪れたことに複雑な気持ちになった。

 地元記者に聞くと、彼らは幾度もスパイを摘発してきたという。実際に、軍施設の位置をロシア側に伝えるスパイがいる。これ以降、ホテルの清掃員の年配女性、レストランのウエーターの青年…みんなが私を監視しているのではないかという異常な感覚が続いた。ここは戦時下のウクライナなのだ。市民はその中で日常を送っている。 (ジャーナリスト=大阪府)

(2024年12月11日朝刊掲載)

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