田中熙代表委員の演説 専門家に聞く
24年12月12日
ノーベル平和賞授賞式での日本被団協の田中熙巳代表委員の演説をどう見たか。被爆地の専門家2人に聞いた。(小林可奈、新山京子)
問われる足元の平和観と行動
「核なき世界」の追求とともに、日本被団協の運動の両輪をなす「国家補償の要求」を強調した点に注目したい。国による補償の問題に繰り返し触れたのは、責任の所在を明らかにすることが核被害を生み出す戦争の否定につながるという信念からではないか。国の戦争責任という重い課題を示した。
被爆者運動の歩みにもつぶさに言及した。病や生活苦、差別や偏見と闘いながら運動に身を投じてきた先人への敬意がにじんでいた。
今回のノーベル平和賞は、核を巡り緊迫する国際情勢へ警鐘を鳴らすものだ。授賞式で身をもって核兵器廃絶を訴える被爆者の存在が世界に発信された。足元の日本政府は「核なき世界」の実現に向け、重い責任を負うことになる。
しかし現実を見ると、被爆国の政府は米国による「拡大核抑止」を重視している。私たちが全国の大学生に実施した意識調査では6割が「核兵器の保有が戦争の抑止につながる」と答えた。
問われるのは被爆地の覚悟だ。体験に根ざした被爆者の肉声は、これからを担う私たちに、具体的な行動を促したとも言える。「核抑止」を求める政府や世論から孤立することになってもヒロシマは核兵器廃絶を訴え続けられるのか。今こそ足元の平和観と行動が問われている。(談)
語れぬ被爆者に思いはせよう
受賞演説に心揺さぶられ勇気づけられた。日本被団協は、国家が国民に戦争被害を等しく我慢せよと強いる「受忍論」と闘ってきた。演説が国家補償を求める被爆者運動の歴史に触れ、国が起こした戦争の被害を国民は受忍できないと、戦禍が続く世界に向け発信したことは非常に意義深い。
日本被団協の長年にわたる活動が評価された今回の受賞は大変喜ばしい一方で、複雑な思いも抱いた。被爆者たちが長年訴えてきた核兵器廃絶や原爆被害への国家補償は道半ばだからだ。
被爆者が人前で悲惨な体験を語ることには痛みを伴う。証言を続けてきた被爆者の背後には無念のままに亡くなった被爆者や、体験を語ることができなかった人たち、例えば知的障害やろうの被爆者がいる。そうした語れない被爆者の存在にも思いをはせたいと思う。
演説では被爆者運動の資料を収集、保存するNPO法人「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」にも触れ、アーカイブズの活用や広がりに期待した。被爆者の証言や運動の記録は歴史を多角的にひもとく上で欠かせない。歳月とともに被爆者が少なくなる中、資料の重みは増す。
高齢化によって解散する被爆者団体や被爆者個人が所有する記録資料の整理や保存は喫緊の課題である。私たちが何を残し、どう発信していくかも問われている。(談)
(2024年12月12日朝刊掲載)
広島大平和センター 川野徳幸センター長
問われる足元の平和観と行動
「核なき世界」の追求とともに、日本被団協の運動の両輪をなす「国家補償の要求」を強調した点に注目したい。国による補償の問題に繰り返し触れたのは、責任の所在を明らかにすることが核被害を生み出す戦争の否定につながるという信念からではないか。国の戦争責任という重い課題を示した。
被爆者運動の歩みにもつぶさに言及した。病や生活苦、差別や偏見と闘いながら運動に身を投じてきた先人への敬意がにじんでいた。
今回のノーベル平和賞は、核を巡り緊迫する国際情勢へ警鐘を鳴らすものだ。授賞式で身をもって核兵器廃絶を訴える被爆者の存在が世界に発信された。足元の日本政府は「核なき世界」の実現に向け、重い責任を負うことになる。
しかし現実を見ると、被爆国の政府は米国による「拡大核抑止」を重視している。私たちが全国の大学生に実施した意識調査では6割が「核兵器の保有が戦争の抑止につながる」と答えた。
問われるのは被爆地の覚悟だ。体験に根ざした被爆者の肉声は、これからを担う私たちに、具体的な行動を促したとも言える。「核抑止」を求める政府や世論から孤立することになってもヒロシマは核兵器廃絶を訴え続けられるのか。今こそ足元の平和観と行動が問われている。(談)
広島市立大広島平和研究所 四條知恵准教授
語れぬ被爆者に思いはせよう
受賞演説に心揺さぶられ勇気づけられた。日本被団協は、国家が国民に戦争被害を等しく我慢せよと強いる「受忍論」と闘ってきた。演説が国家補償を求める被爆者運動の歴史に触れ、国が起こした戦争の被害を国民は受忍できないと、戦禍が続く世界に向け発信したことは非常に意義深い。
日本被団協の長年にわたる活動が評価された今回の受賞は大変喜ばしい一方で、複雑な思いも抱いた。被爆者たちが長年訴えてきた核兵器廃絶や原爆被害への国家補償は道半ばだからだ。
被爆者が人前で悲惨な体験を語ることには痛みを伴う。証言を続けてきた被爆者の背後には無念のままに亡くなった被爆者や、体験を語ることができなかった人たち、例えば知的障害やろうの被爆者がいる。そうした語れない被爆者の存在にも思いをはせたいと思う。
演説では被爆者運動の資料を収集、保存するNPO法人「ノーモア・ヒバクシャ記憶遺産を継承する会」にも触れ、アーカイブズの活用や広がりに期待した。被爆者の証言や運動の記録は歴史を多角的にひもとく上で欠かせない。歳月とともに被爆者が少なくなる中、資料の重みは増す。
高齢化によって解散する被爆者団体や被爆者個人が所有する記録資料の整理や保存は喫緊の課題である。私たちが何を残し、どう発信していくかも問われている。(談)
(2024年12月12日朝刊掲載)