広島と映画 <6> 福山駅前シネマモード ディレクター 岩本一貴さん 「家族」 監督 山田洋次(1970年公開)
24年12月14日
昭和の庶民像 リアルに
「男はつらいよ」ファンにとっては常識ですが、シリーズ全50作のうち1970年に公開された第3作「男はつらいよ フーテンの寅」と第4作「新・男はつらいよ」の2作品だけ、山田洋次監督は脚本のみ参加でメガホンを取っていません。その頃、山田監督は5年間温め続けた待望の企画で、同じ年の10月に公開された「家族」に取り組んでいたのです。
「家族」は長崎県・伊王島の炭鉱で働く風見精一(井川比佐志)が寂れていく仕事に見切りをつけ、旧友が酪農を営む北海道へ妻・民子(倍賞千恵子)と3歳の息子、1歳の娘の一家全員による移住を決意することから始まります。同居する精一の父・源蔵(笠智衆)の世話は、福山市の大規模製鉄所に勤める次男・力(つとむ)(前田吟)を頼ろうと決めて5人で島を出発します。
時代の波に乗る仕事に就き、自家用車を持っている力はさぞかし豊かな暮らしをしていると思っていた精一たちでしたが、福山駅まで迎えに来た力の車は小さな軽自動車で住居もこぢんまりとしたもの。妻は2人目の子供を妊娠しています。こちらの事情も知らず一方的に父を押し付けるのか、と愚痴る力。そんな兄弟のいさかいを隣の部屋で聞いている源蔵。精一と民子は予定を変えて、父も北海道へ連れて行くことにします。
翌日、福山駅で父を見送った後に涙を流す力の姿は一見矛盾するようですが、山田監督はインタビューで、力は父親を兄に任せることができてホッとしながら、同時に強い自責の念を感じている、そんな彼の気持ちが次男である自分にはよく分かると語っています。登場人物を単純な善悪に分けず、弱さやずるさと同時に優しさや良心を持ったリアルな人間として描く山田演出が光るシーンです。
一家は山陽本線で大阪に到着。東海道新幹線への乗り換えまでの間に大阪万博の入り口まで行ってみますが、新幹線の時間が迫る中で外から眺めることしかできません。それは、高度経済成長の恩恵にあずかれず、ただ見ているしかなかった人々の姿ではないでしょうか。
その後、旅の疲れから幼い娘が亡くなるという悲劇に見舞われながらも、家族は北を目指します。その過酷な旅路は、一家のこれまでとこれからを象徴するかのようです。
主人公夫婦は、私の両親と同世代で3歳の息子は67年生まれの私と同い年。亡き父は中学を卒業して大工になり、私が物心ついた頃には母も手伝って工務店を営んでいました。苦労も多かったそうですが、70代まで「棟梁(とうりょう)」と呼ばれ元気に働きました。
家族の幸福のために生きた昭和の庶民の姿を、美化することなくリアルに、そして敬意を込めて描いた本作は私にとって忘れがたい一本です。
いわもと・かずき
1967年、福山市生まれ。90年から藤本興業(現フューレック)でレイトショー作品の選定、成人映画館のミニシアター化、映画人を招くイベント企画などを手がける。キネマ旬報社の映画検定1級。
はと
1981年、大竹市生まれ。本名秦景子。絵画、グラフィックデザイン、こま撮りアニメーション、舞台美術など幅広い造形芸術を手がける。
作品データ
日本/106分/松竹
【原作】山田洋次【脚本】山田洋次、宮崎晃【撮影】高羽哲夫【音楽】佐藤勝【美術】佐藤公信【録音】小尾幸魚【調音】松本隆司【照明】内田喜夫【編集】石井厳
【出演】木下剛志、瀬尾千亜紀、梅野泰靖、富山真沙子、花沢徳衛、渥美清
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映画を愛する執筆者に広島にまつわる映画を1本選んで、見どころや思い出を紹介してもらいます。随時掲載します。
(2024年12月14日朝刊掲載)