×

連載・特集

緑地帯 玉本英子 ウクライナ 戦火の地で⑧

 イラン・イラク戦争末期の1988年、イラクのフセイン政権は、両国国境に近いハラブジャのクルド住民がイランに協力したとして化学兵器攻撃を加え、5千人に及ぶ犠牲者が出た。住民はヒロシマと重ね合わせ「ここはハラブシマ」と呼ぶ。

 18年前、私は日本被団協と協力してハラブジャで「広島・長崎原爆写真展」を開いた。原爆ドームの前に立つ子ども、破壊された街、横たわる死体…。写真を見つめていた地元の高齢男性は涙を浮かべた。「子どもまでもがこんな目に。私たちと同じだ」。当時、毒ガスの被害を受けた住民の多くが、今も呼吸器疾患などに苦しむ。

 今年のノーベル平和賞を日本被団協が受賞した。戦争と核兵器の恐ろしさ、被爆者の苦悩を伝えてきたことが認められた。

 戦火のウクライナでは日々、市民の命が奪われ続けている。ロシア軍に制圧された南東部のザポリージャ原発は、戦闘による損傷や意図的な破壊が危惧される。原発に面したドニプロ川の対岸では、放射能流出の事態に備え、幼い子どもを遠くの町に避難させた住民もいる。消防隊はヨウ素剤を携行していた。

 11月、ロシアのプーチン大統領は「核抑止力の国家政策指針」(核ドクトリン)を改定した。核兵器使用を容易にする新たな基準で、核の脅威がさらに増しつつある。被爆者が世界に訴え続けた「ノーモア・ヒバクシャ」。この言葉を、国際社会は重く受け止めてほしい。 (ジャーナリスト=大阪府) =おわり

(2024年12月18日朝刊掲載)

年別アーカイブ