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連載・特集

緑地帯 武谷田鶴子 私は被爆者②

 私は軍の仮設病院へ行くことになった。自宅から知人の篤枝さんが付き添ってくれた。トラックで運ばれていると突然、空襲警報が鳴り響いた。車を降ろされ、篤枝さんは兵隊さんに促されて物陰に隠れた。私は担架に乗せられたまま。アメリカの戦闘機が高度を下げた。私に向けた機関銃が見えた。

 学校の体育館に運ばれた。たくさんの被爆者が収容されていた。痛い痛いと叫ぶ声、殺せ殺せと唸(うな)る声、無数の声がざわめく中「今から治療をするからな、泣くなよ」と軍医が言い、もう一人加わり、ガーゼをバリバリ剝がし始めた。頰から胸、両手両足。血がにじみ出た。

 ややあって「大丈夫か?」と先の軍医がやって来た。名前を「庄司」と名乗り、私の枕元に座り込んだ。「お姉さんによく似ているな」「妹ではないんです」「しかし、よく似ているな」。お姉さんとは篤枝さんのこと。美しい人だ。火傷(やけど)した私の顔は、どうなっているの。

 変な臭いがするようになった。死んだ人を焼く臭いだ。私は激しく動揺し、死のうと考えた。父が運んでくれる母の手料理も食べまいと考えた。暗闇から聞こえる「死んだら楽になるよ」の囁(ささや)きに、身を委ねようとしていた。

 夜、庄司軍医が大きなアンプルを持ってきた。ポンと音を立て、私の口の中へ流し入れようとする。私は口を開けない。「生きろ。生きてくれ」という軍医の懇願に、私は負けた。 (第56回中国短編文学賞入賞者=広島市)

(2025年1月10日朝刊掲載)

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