連載・特集

　ジィーンが電話をかけてきた。「タズコ、今カリフォルニアの友達の家にいるの。毎日、オバマ氏の応援の電話をかけまくっているの」

　生き返ったようなジィーンの声。平和を訴えて２００８年のアメリカ大統領選に臨む、オバマ氏の応援をやっているとは。私はジィーンが身を隠したセカンドハウスを思い浮かべた。

　ジィーンが電話で言っていたビンヤードは、マサチューセッツ州のマーサズ・ビンヤード。大西洋に浮かぶ小さな島だ。セカンドハウスが立ち並び、私もかつてジィーンに招かれた。広大な敷地。車で門を入り、灌木（かんぼく）の間を通り、プライベートビーチに出る。海の匂い。打ち寄せる波の音。静かだった。

　ジィーンが次に身を隠したメーン州のセカンドハウスは、カナダに近い場所にある。複雑に入り込んだ海岸線が部屋から眺められる。きっと、眺めながら耐えていたのだろう。私は日本の戦時下を思い浮かべた。

　ジィーンからまた電話がかかった。「タズコ、オバマ氏の大統領就任式に来ない？　ご招待します」と言ったが、ワシントンの１月は寒い。私は凍えてしまいそう。黙っていた。

　１６年、オバマ大統領が広島へ来られた。私は入院中。病室のテレビで、車を降りて原爆資料館へ入る姿を眺めていた。私は広島訪問をすごく感謝したが、顔をひどく被爆している友人に話すと「原爆投下への謝罪がなかった」と憤慨していた。 （第５６回中国短編文学賞入賞者＝広島市）

（２０２５年１月１８日朝刊掲載）