天風録 『「シュリ」25年』
25年1月21日
空恐ろしい話だ。ロシア軍とウクライナ軍の戦闘に送り込まれ、死亡した北朝鮮兵士がある命令を記すメモを持っていたという。捕虜になる前に自決せよ―。現に「金正恩(キム・ジョンウン)将軍さま」と叫び、手りゅう弾を手にした兵士も▲思い出したのは韓国映画「シュリ」だ。日本初公開からあすで25年。潜入した北の特殊部隊と韓国情報部員の暗闘を描くアクション大作には追い詰められ、自爆する工作員が登場する。「祖国統一万歳」と叫びながら▲韓流ブームの原点となる作品はテロリスト役のヒロインの熱演もあり、北側に同情する観客がいた。人民の飢えを嘆き、南北の首脳交流は見せかけの和解としてテロを企てる彼ら。許せないとしても気持ちは通じると▲同じ年の6月、現実の朝鮮半島情勢が動く。初の南北首脳会談と「平和統一」を文言に掲げる共同宣言だ。緊張と対立が強まった今から振り返ると、見せかけだったと嘆く向きもあろう▲韓国は内乱首謀容疑で大統領が逮捕され、足元ですら分断が深まる。一方の金正恩氏は同胞相まみえた朝鮮戦争を描く映画の脚本を書き、新年早々にテレビ放映した。せめて銀幕の世界では希望を見いだす作品が生まれないものか。
(2025年1月21日朝刊掲載)
(2025年1月21日朝刊掲載)