緑地帯 武谷田鶴子 私は被爆者⑧
25年1月22日
私は平和記念公園にたたずみ、ゆっくりと呼吸をする。弟の隆はこの辺りで建物疎開の作業をしていて原爆に遭い、帰ってこなかった。
陽が傾き、公園の木々の葉に憂いの色を置く。助けて、と叫ぶ弟の声を私は聞こうとする。原爆が落ちたのは随分前のことだから、その声は聞こえない。
亡くなった人たちの声は、公園内の地下に埋もれているような気がしてくる。死没者の名簿が収められているのも地下だ。沖縄の「平和の礎(いしじ)」のように、死者の名前が地上の黒い石に白い文字で刻まれていたら、会話ができるのにと思う。
被爆者は平和と核兵器廃絶を願っている。この公園は、戦争をしないことを願う人々、核兵器はなくすべきだと願う人々が、祈りをささげる場所だ。
2023年5月、この場所でも先進7カ国首脳会議(G7サミット)の行事が催された。しかし、首脳たちが原爆資料館を訪れたのは短時間だった。
ここで核兵器の脅威を学ばないでどうするのか。広島選出の岸田文雄首相(当時)は、もっと踏み込んで核兵器廃絶を訴えるべきではなかったのか。私が昨年の中国短編文学賞に応募した「コバルトブルーの空」は、そんな怒りの思いから書いた作品だった。
空は深い紺色になった。原爆慰霊碑の前で手を合わす人の姿がある。隆くん、と私は弟の名前を呼ぶ。応えるように平和の灯が揺れた。 (第56回中国短編文学賞受賞者=広島市)=おわり
(2025年1月22日朝刊掲載)
陽が傾き、公園の木々の葉に憂いの色を置く。助けて、と叫ぶ弟の声を私は聞こうとする。原爆が落ちたのは随分前のことだから、その声は聞こえない。
亡くなった人たちの声は、公園内の地下に埋もれているような気がしてくる。死没者の名簿が収められているのも地下だ。沖縄の「平和の礎(いしじ)」のように、死者の名前が地上の黒い石に白い文字で刻まれていたら、会話ができるのにと思う。
被爆者は平和と核兵器廃絶を願っている。この公園は、戦争をしないことを願う人々、核兵器はなくすべきだと願う人々が、祈りをささげる場所だ。
2023年5月、この場所でも先進7カ国首脳会議(G7サミット)の行事が催された。しかし、首脳たちが原爆資料館を訪れたのは短時間だった。
ここで核兵器の脅威を学ばないでどうするのか。広島選出の岸田文雄首相(当時)は、もっと踏み込んで核兵器廃絶を訴えるべきではなかったのか。私が昨年の中国短編文学賞に応募した「コバルトブルーの空」は、そんな怒りの思いから書いた作品だった。
空は深い紺色になった。原爆慰霊碑の前で手を合わす人の姿がある。隆くん、と私は弟の名前を呼ぶ。応えるように平和の灯が揺れた。 (第56回中国短編文学賞受賞者=広島市)=おわり
(2025年1月22日朝刊掲載)