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戦禍経験 楽器たちの記憶 音楽朗読劇「借りた風景」 脚本家のフロリアン・ゴルトベルクさん

「私たちは何を」 問いかけていく

 被爆ピアノ「明子さんのピアノ」と、第2次世界大戦の戦禍を乗り越えた欧州のコントラバスとバイオリンの実話を基にした音楽朗読劇「借りた風景」が2月16日、広島市中区の広島女学院中高ゲーンスホールで開かれる。独、米の両国で高い評価を得た作品の日本初演。ドイツ出身の脚本家フロリアン・ゴルトベルクさん(62)=ベルリン在住=に、広島公演への思いを聞いた。(桑島美帆)

  ―物語の概要を教えてください。

 ナチス・ドイツの迫害を逃れるなど、戦時下の混乱で持ち主と離れ離れになったバイオリンとコントラバス、そして広島の原爆で亡くなった河本明子さんが奏でていたピアノ。これら三つの楽器にまつわる物語で構成する。史実を下敷きに、詩的な想像力を膨らませてドラマを仕上げた。

 バイオリンの場面は1900年代初頭に活躍したハンガリー出身のバイオリニスト、イェネー・フバイが所有していたストラディバリウスの歴史を下敷きにした。コントラバスは、ポーランドからパレスチナに逃れた音楽家の愛器で、戦後、息子の手でよみがえった話をモチーフにしている。

 作曲家の藤倉大さんによる素晴らしい曲を奏でながら、それぞれの楽器が歩んだ歴史を振り返り、平和を創造するため私たちは何を記憶すべきかを問いかけていく。

 ―本作は妻のハイケ・タウフさんと「タウフゴルト」名で書き上げました。創作のきっかけは。

 私たちは以前から、貴重な古い楽器の物語を書きたいと思っていた。どんな環境で誰に演奏されてきたのか。そして、何世紀にもわたり、過酷で残酷な戦禍をどう生き延びてきたのか。もし楽器に意識があり、楽器に寄り添える奏者が演奏すれば、きっとその物語は紡がれると思うからだ。

 重要なストーリーがある楽器を探していたところ、ベルリン在住のフリーライター中村真人さんから「明子さんのピアノ」のことを聞き、心を動かされた。劇中、明子さんが幼少期から書き始めた日記の一部も登場する。戦時下のプロパガンダで洗脳され、音楽やピアノから遠のいていく様子が浮かぶだろう。

 今もウクライナやガザ、シリアなど、至る所で命を奪われる子どもたちがいる。明子さんは、象徴的な存在だ。

 ―2022年にドイツ語圏のラジオで初放送、23年には米ニューヨークで上演しました。聴衆の反応は。

 とても反響が大きかった。ドイツのラジオ放送を機に、英訳と米国上演が決まった。くしくも米国の会場は、広島とも関わりが深い日系米国人の彫刻家イサム・ノグチの美術館。満員の会場には、日系米国人も多く、涙ぐんでいる人もいた。

 ―日本初演に寄せる思いをお聞かせください。

 今年は被爆、終戦80年。明子さんの母校で被爆ピアノとともに上演できることになり、非常に感慨深い。実は昨年7月、妻が57歳で亡くなった。彼女はいつも、平和への願いを込めて作品を書いていた。

 世界は今、非常に危険な方向に進んでいると感じる。80年前に何があったのかを忘れ、交流サイト(SNS)の虚報がはびこっている。本公演は、海に落とす小さな1滴かもしれないが、人々の目を覚ますきっかけになることを願っている。

来月16日 広島で日本初演

 「借りた風景」は2月16日午後3時開演、広島市中区の広島女学院中高ゲーンスホール。広島交響楽団コンサートマスターの北田千尋、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のコントラバス奏者エディクソン・ルイス、ドイツを拠点に国際的に活躍するピアニスト小菅優が出演。広島テレビの西名みずほアナウンサーたち4人が日本語で朗読する。

 演奏の一部で、実物の「明子さんのピアノ」を使用。本公演の主催者で同ピアノの保存、継承を続けているHOPEプロジェクトの二口とみゑ代表(75)によるトークもある。3500円。問い合わせはカジモト・イープラス☎050(3185)6728。

(2025年1月25日朝刊掲載)

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