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故伊藤明彦さんの仕事 未来へ 長崎の西さん 著作をシリーズ化 「被爆者とは」 問い、迫る

 千人にも及ぶ被爆者の「声」を録音し続けたことで知られるジャーナリスト伊藤明彦さん(2009年に72歳で死去)の著作を、長崎市の編集者西浩孝さん(43)が新たな書籍シリーズとして世に送り出す。「伊藤明彦の仕事」と銘打つ全6巻で、折しも日本被団協がノーベル平和賞を受賞した昨年12月10日、第1巻が刊行された。長崎の被爆者でもある伊藤さんの言葉を通し、原爆が人間に何をもたらすのか、読者を思索の旅にいざなう。

 第1巻は、伊藤さんがある被爆者男性との出会いから「被爆者」のありようについて思考の軌跡をつづった「未来からの遺言」(1980年)と、それを基にしたシナリオ「被爆太郎伝説」(99年)から成る。あまたの被爆者の語りに向き合いながら、伊藤さんが「被爆者とは何か」を問い、謎解きのように迫る過程が記されている。

 伊藤さんは8歳の時、長崎で入市被爆。大学卒業後、長崎放送に勤めていた1968年から被爆者の声の収録を手がけるようになった。70年に退社してからも、皿洗いや夜警などのパート労働をしながら、自費で買った録音機を提げ約千人の被爆者の声を記録し続けた。録音を断られた人も含め生涯で2千人を超える被爆者を訪問したという。2008年には吉川英治文化賞を受賞した。

 長崎で出版社「編集室水平線」を営む西さんが伊藤さんを知ったのは、17年。家庭の事情で東京の出版社を辞め、縁もゆかりもない長崎市に移住して半年ほどたった頃だった。市内の古書店で「未来からの遺言」(岩波現代文庫)が目に留まり、購入して帰りのバスの中で一気に読んだ。伊藤さんの被爆者取材に寄せる思い、考察の深さや豊かさ、ノンフィクションにもかかわらずミステリー小説を読むような面白さに触れ、「心が震えた」という。

 だが没後15年がたち、長崎でも伊藤さんを知る人は多くない。著作は古書店でも手に入りにくく、伊藤さんが生前に全国の図書館や学校、平和関連施設994カ所へ寄贈した音声作品の「被爆を語る」も十分活用されているとは言い難い。

 「ならば私が新しい形で世に送り出そう。伊藤さんのすごさを多くの人に知ってほしい」。西さんは伊藤さんの仕事を書籍化しようと決めた。

 本書で伊藤さんは、自身を「原子爆弾投下の犯罪行為を裁く歴史の公判廷維持に必要な被害者の調書をとって歩く、よれよれのレインコートにどた靴をはいた刑事」に重ねていたとする。さらにこれからは「被爆者の胸のうちにメラメラと燃え続ける悲しみ、怒り、叫びの炎」を人々の胸に燃え移らせる「放火犯になりたい」とも記す。

 西さんは巻末に寄せた一文でそれを引き、「わたしは伊藤の〈共犯者〉になりたい」と情熱を燃やす。今後は「原子野の『ヨブ記』」、カセットテープ版「被爆を語る」などを順次刊行する。四六判、356ページ。2420円。(森田裕美)

(2025年2月3日朝刊掲載)

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