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社説・コラム

『潮流』 イメージの想起

■呉支社編集部長 鴻池尚

 約20年前の冬、東欧に1人で旅に出た。訪ねたい場所があった。ポーランド南部のアウシュビッツ強制収容所跡。ナチス・ドイツにユダヤ人たち110万人以上が虐殺された所だ。

 現地ツアーに参加し、氷点下の寒さの中、ガス室や焼却施設などを見学して回った。そして、展示室の一角でしばらく動けなくなった。

 そこには収容された人々の刈られた髪の毛、履いていた靴などがスペースいっぱいに展示されていた。一つ一つに存在していた命と生活の営みを想起した。当時の感情は今も忘れることはない。

 強制収容所の隣に住む所長一家の暮らしを描いた映画「関心領域」が昨年、公開された。あの展示室を映したシーンもある。虐殺を直接描いた場面はないが、壁の向こう側から聞こえる叫び声や怒号などを細かく表現し、異常な状況をイメージさせる手法に多くのことを考えさせられた。

 終戦から80年。歴史を次代に伝える活動が各地で続いている。かつて東洋一の軍港といわれた呉市では拡張現実(AR)技術を活用した取り組みが始まった。呉湾周辺で米軍に破壊された旧日本海軍の艦船を再現するコンテンツを組み込んだツアーである。

 昨年末、モニターツアーに参加し、湾内を船で巡った。艦船が破壊された地点でARグラスを着けると、戦艦や空母のCG画像が浮かび上がる。実際のサイズに再現された姿には、説得力があった。

 記憶をつなぐための鍵の一つは、イメージをいかに想起し共有できるかだろう。先月、呉・東広島面で始めた、地域の歴史を伝える連載「戦後80年芸南賀茂」の課題でもある。

(2025年2月4日朝刊掲載)

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