×

社説・コラム

[A Book for Peace 森田裕美 この一冊] 「ウクライナにいたら戦争が始まった」 松岡圭祐著(角川文庫)

具体的体験 「実録」のよう

 ロシアによるウクライナ侵攻から間もない2022年夏、単行本として出版された本書の著者は人気作家の松岡圭祐さん。実際の戦争に即しながら、あたかも「実録」のようにつづられた小説である。

 主人公は福島県南相馬市出身の高校2年生琉唯(るい)。22年の初め、電力会社勤務の父親が単身赴任しているウクライナへ、母と妹と一緒に渡る。首都キーウ(キエフ)郊外のブチャで暮らすことになったのだ。異国生活に戸惑いつつもなじんできた頃、ロシアによる侵攻のニュースが届く。慌ただしく帰国準備を始める琉唯の一家だが、事態は急変し―。

 ウクライナ情勢に注目していた読者なら琉唯が暮らす地名にドキッとするだろう。ロシア軍が侵攻直後に占拠し、撤退後には多くの民間人の犠牲が明らかになった町。しかも当時は新型コロナも流行していた。琉唯たちはいや応なしに戦渦に巻き込まれていく。

 著者は執筆にあたり、当時の状況について可能な限り情報を集め、帰国者の証言も併せて「できるだけ正確を期した」という。日本では実感を伴わないニュースとして知り得る戦争の恐怖や逃避行が、主人公の目を通しリアルに伝わる。

 登場人物の設定や物語の展開があまりにタイムリーなため「出来過ぎでは」とやや冷めた目で読み始めたが、ページをめくるうちにそんな見方は後景に退く。

 大局を伝える戦争報道では知り得ない現地の人々の具体的体験に、遠くにいる私たちが思いを致すには、なるほど小説というツールは有効なのかもしれない。

 ウクライナで戦争が始まって3年。あの衝撃を、胸の痛みを、忘れていないか。問われている気分になる。

これも!

①マリーナ・オフシャンニコワ著、武隈喜一・片岡静・訳「2022年のモスクワで、反戦を訴える」(講談社)
②加藤直樹著「ウクライナ侵略を考える」(あけび書房)

(2025年2月17日朝刊掲載)

年別アーカイブ