×

連載・特集

広島と映画 <8> 映画監督・映像作家 森ガキ侑大さん 「東京物語」 監督 小津安二郎(1953年公開)

誇張せず 家族の普遍性

 小津安二郎監督の映画を初めて鑑賞したのは大学3年の頃、大学の図書館だった。高校時代までレンタルビデオ屋に通ってひたすらハリウッド映画を鑑賞していた僕は衝撃を受けた。最初に見たのは、小津作品の中でも世界的に知られる「東京物語」だ。

 ハリウッド映画と違って派手な演出はなく、淡々と進んでいく物語だったが、なぜか見入ってしまう。まるで彫刻などのアート作品をじっと見つめるような感覚を味わった。どこか独特で小津節ともいえる抑揚のないしゃべり口調と、今まで見たことのない床からのカメラアングル。自分の転機ともいえる映画体験をしたことを覚えている。

 小津監督はカメラを動かすことはせず、そのフレームの中で役者が動いていく。計算し尽くしたアングルだ。一枚一枚のフレームがとにかく美しくて、ずっと見ていたいと思わせる。それが白黒の映像であっても。

 そしてテーマは、世界に共通する家族の普遍性を表現している。その中に悪は存在しないが、世代間の価値観の違いや、生きる意味の違いといった、どうしようもない課題を家族に突き付ける。しかし、突き付け方がいやらしくない。誇張した演出がないからこそ、リアリティーが生まれて、スクリーンを超えて観客の胸に社会課題を突き付けてくるのだ。

 その世界観や演出は、当時の他の映画を並べても似たものはなく、小津監督だからこそ生まれた作品だと思う。小津作品に出会って、映画の見方や考え方が180度変わった自分がいた。鑑賞する作品がハリウッドからヨーロッパへと変わり、映画を巡る今の自分の価値観を形成しているといっても過言ではない。

 小津監督に憧れて、敬愛して、ずっと背中を追いかけてきた。初の短編映画は小津安二郎記念・蓼科(たでしな)高原映画祭で準グランプリを頂いた。小津監督が定宿とした神奈川県茅ケ崎(ちがさき)市の「茅ケ崎館」で執筆活動に明け暮れた。しまいには「東京物語」のロケ地となった尾道市に2019年、「クジラ別館」と名付けた宿まで支配人としてオープンする始末だ。

 それは18年春、僕の映画デビュー作「おじいちゃん、死んじゃったって。」をシネマ尾道で上映してもらったのがきっかけだった。久しぶりに訪れた尾道はとにかく美しかった。海の匂い、海の風、そして丘に並ぶ住宅たちは、まるでヨーロッパの旧市街地の風景のように凜(りん)とたたずんでいた。小津監督がなぜロケ地として選んだのか、ものすごく共感したのを覚えている。どこを切り取っても絵になる尾道の風景に魅了され、この場所を定期的に訪れたいと感じたのである。

 いつか、小津監督に自分の映画を見てもらいたい。そんな気持ちでまい進している。

    ◇

 映画を愛する執筆者に広島にまつわる映画を1本選んで、見どころや思い出を紹介してもらいます。随時掲載します。

もりがき・ゆきひろ
 1983年、広島市佐伯区生まれ。広島工業大在学中にドキュメンタリー映像の制作を始める。CM製作会社や映像作家集団を経て、2017年に独立し、クリエイター集団クジラを創設。監督作に映画「さんかく窓の外側は夜」「愛に乱暴」などがある。

はと
 1981年、大竹市生まれ。本名秦景子。絵画、グラフィックデザイン、こま撮りアニメーション、舞台美術など幅広い造形芸術を手がける。

作品データ

日本/135分/白黒/松竹
【脚本】野田高梧、小津安二郎【撮影】厚田雄春【照明】高下逸男【美術】浜田辰雄【録音】妹尾芳三郎【音楽】斎藤高順
【出演】原節子、笠智衆、東山千栄子、山村聡、三宅邦子、杉村春子、香川京子、大坂志郎

(2025年2月15日朝刊掲載)

年別アーカイブ