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社説・コラム

天風録 『硫黄島への手紙』

 おびただしい数の兵士が水しぶきを上げ、砂浜に迫る。映画「硫黄島からの手紙」の米軍上陸シーンだ。80年前のきょう日米有数の激闘とされる硫黄島の戦いが始まった。映画では題名通り、死が迫る中で気丈に家族への便りをつづる日本兵の姿も描かれる▲戦地宛ての「硫黄島への手紙」の実物を見せてもらったことがある。宛先は広島の能美島生まれで、ロス五輪の競泳で銀メダルに輝いた河石達吾。馬術で優勝した西竹一とともに五輪メダリストは最前線で戦っていた▲河石の妻輝子さんがしたためた手紙は、赴任後に生まれた長男達雄さんの成長を伝える。〈いくら爆撃が多くても、硫黄島に達雄と一緒に飛んでいきたい〉の一文は、筆致が乱れていた。思いがあふれたに違いない。愛らしい写真を初めて同封した▲手紙は未開封で戻ってくる。戦況の悪化で配達されなかった。やがて「玉砕」で河石も戦死したと一報が届く。遺骨は見つからず、輝子さんは「どこかで生きている」と言い続けたそう▲奪い、奪われた命。80年前の悲劇を忘れずに、不戦を誓うのが私たちの務めだ。大切な人にメールやLINEを送る折にしばし、はるか南の島に思いを巡らせたい。

(2025年2月19日朝刊掲載)

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