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連載・特集

廃絶への道筋 一歩でも前へ 核兵器禁止条約 来月3日から第3回締約国会議

参加拒む被爆国日本 核抑止という壁

 米ニューヨークの国連本部で3月3~7日の5日間、核兵器禁止条約の第3回締約国会議が開かれる。署名・批准国の政府代表が集い、条約の意義を世界に浸透させながら仲間を増やす「普遍化」の方策や、核実験などで被害を受けた地域、住民を援助する枠組み作りを議論する。廃絶への道筋を一歩でも前に進めるか。米国の核抑止に依存し、今回もオブザーバー参加を見送った被爆国日本の課題は―。会議の行方を概観する。(金崎由美)

 昨年10月、第3回締約国会議に向けた機運を一気に高めるニュースが世界を駆け巡った。日本被団協へのノーベル平和賞授与決定。前文に「ヒバクシャ」を明記する禁止条約は「被爆者の悲願」ともいわれる。被爆者と共に条約を推進する国々や市民にとって、何よりの後押しとなった。

 だが授賞は、核を巡る状況がそれだけ危機にあることの裏返しだ。ウクライナ侵攻を続けるロシア、パレスチナ自治区ガザで戦闘を繰り広げたイスラエルは、核兵器使用をほのめかしても、とがめを受けないまま。米国、中国など他の核兵器保有国も核戦力の増強や近代化に余念がない。

 そんな時こそ、被爆国日本は率先して条約に歩み寄るべきだと、被爆者や市民は締約国会議にせめてオブザーバー参加するよう訴えてきた。2023年の第2回締約国会議では米国の「核の傘」に依存する非締約国のオーストラリア、ドイツ、ノルウェー、ベルギーの参加実績がある。

 石破茂首相はドイツなどの事例を「検証」して可否を判断するとしたが、政府は今月18日に「わが国の核抑止政策について誤ったメッセージを与える」と見送りを決めた。岩屋毅外相は記者会見で「国際的な核軍縮の取り組みは核拡散防止条約(NPT)の下で進めていくのがより望ましい」と述べ、「禁止条約はNPT6条の軍縮義務を補完する」と位置付ける推進派との溝は深い。

 日本被団協の代表委員で広島県被団協の箕牧(みまき)智之理事長(82)は「参加しないという結論ありきだ」と落胆。非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN(アイキャン))のティム・ライト条約コーディネーターは保有国と非保有国の「橋渡し」役を自任する日本政府へ「ならば締約国の意見に耳を傾ける姿勢を示すべきだ。参加はまだ間に合う」と訴える。

 禁止条約は17年、国連で122カ国・地域の賛成により採択され、21年1月に発効した。現在の条約批准は核兵器を持たない73カ国・地域。第2回会議からの伸びは4カ国にとどまる。締約国会議は、核兵器の非人道性を重く受け止め、核保有国や日本などの依存国が築く核抑止という高い壁に挑む非保有国と市民が決意を新たにする場でもある。

第3回核兵器禁止条約締約国会議の概要

■会期 3月3~7日
■場所 国連本部(米ニューヨーク)
■主な課題
・条約の普遍化
・被害者援助と環境修復のための国際信託基金の検討
・核兵器を廃棄する上での検証方法
・NPTなど他の核軍縮関連の条約と禁止条約との関係
・ジェンダーと核軍縮を巡る課題

・核保有国などが主張する「安全保障上の懸念」への対応

「核兵器は人類の危機」報告 オーストリアのクメント軍縮局長

 第3回締約国会議に、オーストリア政府が「核兵器は人類を存続の危機にさらしている」と訴える報告書を提出する。まとめ役を担った同国外務省のアレクサンダー・クメント軍縮局長(59)に、狙いや会議の展望を聞いた。(聞き手は宮野史康)

 ―どんな内容の報告書ですか。
 安全保障の視点から核兵器を否定する。互いに核兵器で脅し合えば、使用を防げるという核抑止論が機能するという根拠はどこにもない。核爆発は考えられていた以上に深刻な被害を地球に及ぼすと、科学的根拠が示していることに触れる。

 禁止条約を巡る議論では人道主義と安全保障が対立するかのように扱われるが、正確ではない。条約の推進国は安全を守る必要性を十分理解している。報告書は安全保障の視点から条約を捉え直す材料となる。条約を否定する国々を議論に巻き込む「招待状」にしたい。

 ―ほかに、今会議の注目点は。
 昨年9月、世界4位の人口2億8千万人を抱えるインドネシアが条約に加盟した。定期的に会議も開かれており、条約の成熟を示している。最新の国際情勢を踏まえて、核兵器を否定する政治宣言を打ち出す。

 核被害者を援助する国際信託基金の設立に向け中間報告の場にもなる。今会議で設立を目指す動きもあったが、加盟国間の合意は得られていない。非加盟国に基金への出資を認めるかどうかなど詰めるべき課題がある。26年にも見込まれる条約の第1回再検討会議まで議論は続くだろう。

 ―トランプ米政権が核軍縮に及ぼす影響は。
 会議への不参加を働きかけているとの話は聞いていない。4月に始まる核拡散防止条約(NPT)再検討会議の第3回準備委員会で一定に明らかになるだろう。

 ―日本政府への期待は。
 日本は戦争での原爆被害を経験した唯一の国。核兵器使用の結末への懸念が根幹にある禁止条約に、ぜひ貢献してもらいたい。禁止条約は各国が協力して核軍縮を進めていこうとする試みだ。多国間の核軍縮という価値観を支持するなら、対話に加わるのが自然だ。

Alexander KMENTT
 1965年、オーストリア・ウィーン生まれ、在住。英ケンブリッジ大で修士号取得(国際関係)。2021年から現職。22年にウィーンで開かれた核兵器禁止条約の第1回締約国会議で議長を務めた。

条約の普遍化や基金設立を議論へ

 締約国会議は、2022年の第1回で行動計画を採択し、条約の「普遍化」に力を入れることなどを打ち出した。23年の第2回では、「普遍化」とともに、6、7条に基づいて被害者の援助と汚染された環境の修復を図るのに必要となる「国際信託基金」の検討を優先課題とした。

 第3回の議長国で旧ソ連の核実験場があったカザフスタンと、英国が核実験をした南太平洋の島国キリバスが担当国となり、会期間にICANなどのNGOを交えて基金の実現可能性と指針を探ってきた。会期中にどこまで詰めることができるかが焦点となる。

 禁止条約は、締約国会議でNGOが強い発言力を持つのが特徴だ。日本からも働きかけようと、被爆者団体や市民団体が加わる一般社団法人「核兵器をなくす日本キャンペーン」(東京)が今月8、9日に「国際市民フォーラム」を都内で開き、提言書をまとめた。核被害地域の自治体や先住民らに締約国会議の参加枠を保証することや、信託基金を活用して被害者相談事業も行うことなどを盛り込んだ。

 提言書は、国連の公式文書として提出した。起案に関わった明星大(東京)の竹峰誠一郎教授(国際社会論)は「被害者援助は、被爆者援護と海外の被曝(ひばく)医療支援の経験がある日本が貢献できる分野。政府はオブザーバー参加せず、存在感を損なっている」と指摘する。

 他にも、不参加の核保有国や核依存国からの条約批判を念頭に、さまざまな議論が展開される。核抑止否定にどこまで強く踏み込んだ政治宣言に合意できるかもポイントとなる。

 会議に合わせ、日本から被爆者と市民団体のメンバーが渡米し、初日の3月3日午前は日本被団協の浜住治郎事務局次長(79)が演説する。与党は公明、野党は立憲民主、れいわ新選組、共産、社民党の国会議員も現地入りする。

 市民団体「核政策を知りたい広島若者有権者の会」(カクワカ広島)の瀬戸麻由さん(33)は核実験被害地域から来る若者との交流を予定。「日本は市民が多く来るのに政府がね…とよく言われる」と明かす。政府の「不在」と市民の奮闘の落差は一層浮き彫りになりそうだ。

平和学 舟入高生が「探究」の成果披露

 広島市中区の舟入高が、必修科目「総合的な探究の時間」の1年間の学習成果を披露する「舟入探究祭」を開いた。原爆の犠牲者が市内の学校で最も多かった市立第一高等女学校(市女)の後身として平和教育に力を入れる同校は今回初めて平和学を選択テーマに設定。取り組んだ班の発表や、1、2年生約640人による平和に関する一斉ディベートがあった。

 総合的な探究では2年生が5人程度の約80班に分かれ、法学、工学などの10分野からそれぞれ研究テーマを選んだ。平和学は3班が取り組んだ。

 平和教育の教材作りをした班は、平和記念公園(中区)周辺の慰霊碑などをウェブ上の地図で紹介する仕組みなどを発表。平和の継承を考えた班は、原爆資料館(同)に意見交流ができるスペースを作ってほしいと市議会で訴えた活動を振り返った。江川紗友(さゆ)さん(17)は「議員から『ぜひ実現したい』と言われ、高校生にもできることがあると実感した」と話した。

 ディベートは、平和学の3班などが活動中に出合った意見を踏まえ、4、5人のグループが核兵器保有について賛成派と反対派に分かれた。賛成の立場で議論した2年瀬尾亮介さん(17)は「個人的に保有に反対だが、国を守るため必要という主張にも強固な論理があり、複雑な思いになった」と受け止めていた。

 探究祭は2年生15人でつくる実行委員会が企画した。(桧山菜摘)

(2025年2月24日朝刊掲載)

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