天風録 『大空襲の夜に』
25年3月14日
東京大空襲を語り継ぐには欠かせない作品だろう。前衛書家、井上有一(1916~85年)の大作「噫(ああ)横川国民学校」を所蔵先の群馬県立近代美術館で見た。巨大な紙を殴り書きのような字で埋め、よく見るとあの夜の記憶を刻む25行ほどの文と分かる▲80年前は下町の国民学校教員。疎開先から戻って宿直していた。焼夷(しょうい)弾による猛火と煙に追われて部屋で意識を失う間に、連れ帰っていた児童や逃げ込んだ住民たち約千人が命を落とす▲「全員一千折り重なり教室校庭に焼き殺さる」「白骨死体如火葬場」「生残者虚脱」。奇跡的に生き残り、33年後に筆を執った書は今も怒りを放っていよう。一晩の死者が10万人、同じ光景はあちこちにあったはずだ▲この3月10日の東京を境に、米軍は夜間の市街地空襲に血眼になる。12日名古屋、13日大阪、17日神戸。焼夷弾の雨を降らせ、罪なき市民を平気で殺す発想は狂っていたとしか思えない▲80周年の慰霊の営みは各地で続くだろう。広島・長崎につながった惨禍を風化させてはならない。そして現代の空爆におびえ、一日も早い停戦を願うウクライナの人たちのことも―。「終生忘るなし」。有一の書はそう終わる。
(2025年3月14日朝刊掲載)
(2025年3月14日朝刊掲載)