被爆女性と南方特別留学生 極限下での交流 人間性取り戻す 原医研講座
25年3月17日
広島大原爆放射線医科学研究所(原医研、広島市南区)は、被爆直後に焼け跡で野宿生活を共にした栗原明子(めいこ)さん(98)=安芸区=と南方特別留学生の交流をテーマにした講座を同所で開いた。立命館大国際平和ミュージアム(京都)の協力により、留学生と寮で寝起きし、被爆死した教授の遺品も会場に特別展示した。
栗原さんの長女が描いた絵本を基にした映画「MEIKO」を上映。監督でNHKアナウンサーの出山知樹さん(55)は「被爆という極限の状況下で失いかけた人間性を、明子さんは留学生との交流で取り戻したのではないかと思う」と解説した。
同ミュージアムの大月功雄学芸員は、留学生が住む「興南寮」の寮監になり、47歳で被爆死した広島高等師範学校(現広島大)の永原敏夫教授を紹介した。所蔵する遺品のベルトのバックルに、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの故郷の紋章が刻まれていたと説明。それを知った息子で立命館大名誉教授だった誠さん(2013年に85歳で死去)の複雑な感情も踏まえ「思いと共に引き継いでいきたい」と語った。
原爆資料館(中区)の土肥幸美学芸員は、研究報告で「市民の活動によって留学生にスポットが当たり資料が掘り起こされてきた」と強調した。さらに、当時の留学制度と日本の植民地支配は切り離せないとし「留学生自身が制度をどう捉えていたかについても理解を深めたい」と述べた。
講座は原医研の被爆80年企画で、約60人が参加した。(藤村潤平)
(2025年3月17日朝刊掲載)
栗原さんの長女が描いた絵本を基にした映画「MEIKO」を上映。監督でNHKアナウンサーの出山知樹さん(55)は「被爆という極限の状況下で失いかけた人間性を、明子さんは留学生との交流で取り戻したのではないかと思う」と解説した。
同ミュージアムの大月功雄学芸員は、留学生が住む「興南寮」の寮監になり、47歳で被爆死した広島高等師範学校(現広島大)の永原敏夫教授を紹介した。所蔵する遺品のベルトのバックルに、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの故郷の紋章が刻まれていたと説明。それを知った息子で立命館大名誉教授だった誠さん(2013年に85歳で死去)の複雑な感情も踏まえ「思いと共に引き継いでいきたい」と語った。
原爆資料館(中区)の土肥幸美学芸員は、研究報告で「市民の活動によって留学生にスポットが当たり資料が掘り起こされてきた」と強調した。さらに、当時の留学制度と日本の植民地支配は切り離せないとし「留学生自身が制度をどう捉えていたかについても理解を深めたい」と述べた。
講座は原医研の被爆80年企画で、約60人が参加した。(藤村潤平)
(2025年3月17日朝刊掲載)