核抑止に対抗する 第3回締約国会議から <中> 完全廃絶 科学での試み
25年3月15日
現実的道筋 立証に挑む
「私には、まだ戦争は終わっていない。被爆者は核兵器がゼロにならなければ安心できない」。米ニューヨークの国連本部で核兵器禁止条約の第3回締約国会議が開幕した3日。登壇した日本被団協の浜住治郎事務局次長(79)=東京都稲城市=が原爆に父を奪われた遺族として、胎内被爆者として、思いを切々と語った。
その訴えと共鳴するように最終日の7日、締約国は核兵器が使われたら対処するすべはなく「使用を防ぐ唯一の保証は完全廃絶」と強調する政治宣言に合意した。
「完全廃絶」自体は、反核世論が繰り返し訴えてきた。会議を通じて強く打ち出されたのは、核兵器による被害がいかに非人道的で、しかも地球規模となる可能性が高いかを科学の粋を集めて官民で立証し、核抑止の否定と完全廃絶へ進もうという意思だ。
研究者の参加を
会期中のテーマ別討論で「核戦争のリスク」を取り上げた。物理学者や化学者たち専門家でつくる「科学諮問グループ(SAG)」も活動報告をした。核物質問題の研究で知られる米プリンストン大の物理学者ジア・ミアン共同議長は「自分たちだけでなしえない」と、各国で研究者の参加を促すよう呼びかけた。
というのも、科学を通じたアプローチはあらゆる分野に関わる。核抑止依存を分析し、実は根拠を欠く政策だと示すこと。核兵器が使われれば、被害が核保有国と非保有国を問わず広がることを詳細に示すこと。核実験被害の調査のあり方も―。
条約推進を主導するオーストリア政府の代表は「核兵器は安全保障上の懸念に対する答えになり得ない」と強調。「科学的根拠で核抑止のパラダイム(認識の枠組み)に挑む」「廃絶の追求こそ科学に基づく現実主義」などと盛んに述べた。
振り返れば、2010年代前半に似た機運があった。廃絶を目指す国が国際会議を開催。気候変動シミュレーションを用いた「核の冬」のリスクが提示されるなどした。「核兵器の非人道性」に注目が高まり、17年に国連での禁止条約採択につながった。
禁止条約の下での「科学」の追求は、はるかに本格的なのだろう。
会議を傍聴した長崎大核兵器廃絶研究センター(RECNA)の鈴木達治郎教授は、締約国の核放棄を検証する4条に焦点を当てたイベントに出席。「核弾頭の解体といった技術面だけでなく、核保有を支える社会構造から変えようというSAGの問題意識に強い印象を受けた」という。
人間中心の議論
被爆地とすれば、そこまで「科学」によらずとも、被爆者の証言によって核兵器の悲惨さは伝わるはず、とも思える。とはいえ、核抑止にすがる国々と向き合おうとする本気度をひしひしと感じた。
会議ではほかに、核実験などの被害者を援助し、損なわれた環境を修復するための元手となる「国際信託基金」の検討状況が報告された。メキシコやアイルランドをはじめ複数の国が、放射線被害の性差を重視するなどしてジェンダー視点から条約を推進する必要性を強調した。会議に通底するのは、理不尽な被害や痛みを強いられる人間を中心にした議論である。(金崎由美)
(2025年3月15日朝刊掲載)