緑地帯 わが隣人民喜 片山典子 <1>
09年12月16日
京橋川のさざ波を渡ってくる風が、川辺の木々の緑を揺らしている。川は潮の干満によって豊かな表情を醸し出す。栄橋から京橋周辺にかけての川岸緑地は、近隣に住む私にとって、ひとときの憩いを与えられる散歩道だ。
毎日と言ってよいほど歩く道だが、上柳橋右岸たもとから少し南にある1本の柳の木のところまで来ると、ふと足を止めてしまう。今日も元気にしているかしら、と気遣うような気分になる。高さ約8メートル、推定樹齢八十数年の老いたシダレ柳。広島市中区幟町出身の作家原民喜ゆかりの樹木だ。
ここはかつて彼が相続した持ち家で、彼の次兄一家が住んでいた家の庭だった場所。おいの原時彦さんが確認し、被爆樹木として広島市に認定されている。昔は真っすぐに生えていたという柳だが、今では根元のところが川に向かって大きく傾斜し、その枝は川底を覗(のぞ)きこむかのように垂れている。柳は、川底に何を見ているのだろうか…。
民喜は、被爆体験を描いた代表作、「夏の花」3部作によって、「原爆作家」として語られることが多い。しかし、川と緑に彩られた広島ではぐくまれた、繊細かつ透明な魂を持つ叙情詩人としての本質は、彼の全生涯を通して変わらなかった。
被爆に耐えて生き残ったシダレ柳は、内には強靭(きょうじん)な生命力を秘めながらも、柔らかくしなやかに葉をなびかせている。民喜の文学もまた、繊細な叙情を内包しつつ、あの惨禍を貫いて生きてきた。この柳のたたずまいは、そんな彼の文学の姿を、それとなく投影しているようにも思えてならない。(かたやま・のりこ 広島花幻忌の会会員=広島市)
(2009年12月16日朝刊掲載)
毎日と言ってよいほど歩く道だが、上柳橋右岸たもとから少し南にある1本の柳の木のところまで来ると、ふと足を止めてしまう。今日も元気にしているかしら、と気遣うような気分になる。高さ約8メートル、推定樹齢八十数年の老いたシダレ柳。広島市中区幟町出身の作家原民喜ゆかりの樹木だ。
ここはかつて彼が相続した持ち家で、彼の次兄一家が住んでいた家の庭だった場所。おいの原時彦さんが確認し、被爆樹木として広島市に認定されている。昔は真っすぐに生えていたという柳だが、今では根元のところが川に向かって大きく傾斜し、その枝は川底を覗(のぞ)きこむかのように垂れている。柳は、川底に何を見ているのだろうか…。
民喜は、被爆体験を描いた代表作、「夏の花」3部作によって、「原爆作家」として語られることが多い。しかし、川と緑に彩られた広島ではぐくまれた、繊細かつ透明な魂を持つ叙情詩人としての本質は、彼の全生涯を通して変わらなかった。
被爆に耐えて生き残ったシダレ柳は、内には強靭(きょうじん)な生命力を秘めながらも、柔らかくしなやかに葉をなびかせている。民喜の文学もまた、繊細な叙情を内包しつつ、あの惨禍を貫いて生きてきた。この柳のたたずまいは、そんな彼の文学の姿を、それとなく投影しているようにも思えてならない。(かたやま・のりこ 広島花幻忌の会会員=広島市)
(2009年12月16日朝刊掲載)