緑地帯 わが隣人民喜 片山典子 <8>
09年12月25日
2009年4月。桜の咲く季節に、初めて雁木(がんぎ)タクシーに乗った。京橋のたもとから川を上り、元安橋たもとで下船する川のクルーズだ。
「川から見上げる景色はすてきでしょう?」。船長兼ガイド役の三原進さんがほほ笑む。うなずきながら川辺を見上げると、被爆シダレ柳もその葉を揺らしながら私たちを見下ろしている。
ふと、「あなたとも、もう10年の付き合いになるんよねえ」という、真砂玲子さんの言葉がよぎった。父の同級生で、資料提供や、戦前から戦中の話の聞き取りにご協力くださった方だ。それに連なるように、戦前この付近に住んでいた、たくさんの住民の方々の顔も浮かび上がってきた。皆さん、親子以上の年齢差を超えて、原民喜が結びつけてくれた人たちだ。
私が「隣人としての原民喜」を意識するようになったのは、10年前。そのころ発足した「広島花幻忌の会」では、さらに多くの素晴らしい出会いがあった。何らかの形で民喜の作品に心動かされ、継承していこうとする人々がいた。
今年の夏には、会員の海老根勲さん、長津功三良さんが解説を寄せた土曜美術出版社の「新編原民喜詩集」が復刊された。広島在住のバイオリン奏者、白井朝香さんとは、元NHKキャスター藤野能子さんの朗読とのコラボレーションという、民喜作品への新しい試みも生まれようとしている。
民喜が見た「一輪の花の幻」は消えてはいない。死と焔(ほのお)の記憶を貫き、私たちの心の中で咲き続けている。彼が紡いだ言葉は、読む者の心に響き、互いの心を結びつけながら、この川のように流れ続けていくだろう。(広島花幻忌の会会員=広島市)=おわり
(2009年12月25日朝刊掲載)
「川から見上げる景色はすてきでしょう?」。船長兼ガイド役の三原進さんがほほ笑む。うなずきながら川辺を見上げると、被爆シダレ柳もその葉を揺らしながら私たちを見下ろしている。
ふと、「あなたとも、もう10年の付き合いになるんよねえ」という、真砂玲子さんの言葉がよぎった。父の同級生で、資料提供や、戦前から戦中の話の聞き取りにご協力くださった方だ。それに連なるように、戦前この付近に住んでいた、たくさんの住民の方々の顔も浮かび上がってきた。皆さん、親子以上の年齢差を超えて、原民喜が結びつけてくれた人たちだ。
私が「隣人としての原民喜」を意識するようになったのは、10年前。そのころ発足した「広島花幻忌の会」では、さらに多くの素晴らしい出会いがあった。何らかの形で民喜の作品に心動かされ、継承していこうとする人々がいた。
今年の夏には、会員の海老根勲さん、長津功三良さんが解説を寄せた土曜美術出版社の「新編原民喜詩集」が復刊された。広島在住のバイオリン奏者、白井朝香さんとは、元NHKキャスター藤野能子さんの朗読とのコラボレーションという、民喜作品への新しい試みも生まれようとしている。
民喜が見た「一輪の花の幻」は消えてはいない。死と焔(ほのお)の記憶を貫き、私たちの心の中で咲き続けている。彼が紡いだ言葉は、読む者の心に響き、互いの心を結びつけながら、この川のように流れ続けていくだろう。(広島花幻忌の会会員=広島市)=おわり
(2009年12月25日朝刊掲載)