広島と映画 <10> 映画監督・ノンフィクション作家 信友直子さん 「この世界の片隅に」 監督 片渕須直(2016年公開)
25年4月19日
すずと周作 両親に重なる
私の実家は呉市にある。主人公のすずさんが嫁ぎ、戦争に翻弄(ほんろう)され傷つきながらも「ここで生きる」と決めた町だ。
すずさんと周作さんの暮らす家は、私の実家から徒歩圏内。なぜ場所が特定できるかというと、呉の町が地元民も驚く正確さで描かれているからだ。大正9(1920)年生まれの私の父は、「ひゃあ、わしが子供の頃の風景そのものじゃ。懐かしいのう」と歓声を上げた。実家は遊郭のそばの米屋だったのだが、幼い父は配達に行くたび、いい匂いのするお姉さんたちに頭をなでてもらったという。その遊郭のたたずまいがまさに記憶通りだったらしい。
片渕須直監督は徹底的なリサーチやロケハンを重ねて、自分が当時の呉に暮らしている感覚をつかめるまで準備したそうだ。神は細部に宿るというが、そんな境地で紡がれた物語だからリアルなのだ。戦争拡大で揺れ動くすずさんの心情を「こういう気持ちだったのか」と発見しながら作っていく、片渕監督の息づかいまで感じられて、「まるでドキュメンタリーの作り方だな」と僭越(せんえつ)ながら仲間意識を抱かせてもらった。
声高に反戦を訴えない作風も信頼できた。戦争ものはとかく告発型が多い。しかしあまりにイデオロギーが前面に出ると見る側が辟易(へきえき)としてしまう。
すずさんは与えられた場所で、文句も言わず懸命に生きている。ユーモアを忘れず、周りへの思いやりを忘れず。まるで、殺伐とした統制社会をあたためてくれるおひさまのような人だ。だからこそ、玉音放送に「最後の一人まで戦うんじゃなかったんかね!」と怒りを爆発させるシーンで一緒に泣けるのだ。
私は両親の老老介護を描いたドキュメンタリー映画に、大好きなこの映画へのオマージュを忍ばせた。父が買い物に行くスーパーは、すずさんがいつも通る三ツ蔵の脇にある。すずさんと同じアングルで、父の歩く姿を撮ったのだ。
片渕監督にお会いした時、その話をした。その時に監督にいただいた言葉は、私の人生で最もうれしかった言葉のひとつだ。
「すずさんと周作さんが今も元気でいたら、あなたのお父さんとお母さんみたいになっていると思うなあ」
そう、母はすずさんより五つ年下、父は周作さんより二つ年上。まるで同世代なのだ。
今、呉を歩いていると、年老いたすずさんと周作さんに会えそうな気がしてくる。
きっと二人は、今日も仲むつまじく寄り添って、呉の坂道を歩いているのだろう。
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映画を愛する執筆者に広島にまつわる映画を1本選んで、見どころや思い出を紹介してもらいます。随時掲載します。
のぶとも・なおこ
1961年、呉市生まれ。テレビ番組制作会社で数々のドキュメンタリーを手がけ、2010年独立。父母の家庭内介護を記録した番組が反響を呼び、18年に「ぼけますから、よろしくお願いします。」で映画監督デビュー。22年に続編を公開。104歳になった父と呉市の実家で同居している。
はと
1981年、大竹市生まれ。本名秦景子。絵画、グラフィックデザイン、こま撮りアニメーション、舞台美術など幅広い造形芸術を手がける。
作品データ
日本/129分/「この世界の片隅に」製作委員会
【原作】こうの史代【脚本】片渕須直【監督補・画面構成】浦谷千恵【キャラクターデザイン・作画監督】松原秀典【美術監督】林孝輔【音楽】コトリンゴ
【声の出演】のん、細谷佳正、小野大輔、尾身美詞、稲葉菜月、潘めぐみ、岩井七世
(2025年4月19日朝刊掲載)