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連載・特集

緑地帯 田中今子 キース・ヘリングが見た広島①

 キース・ヘリングと広島。これまで深く語られることのなかった人物と街のつながりについて調査を始めたきっかけは、私が勤める中村キース・ヘリング美術館の学芸員がかつて行ったインタビューを聞き直したことだった。

 2023年7月、私は翌月に控えた展示の準備を進めていた。当館では、季節ごとに社会課題と向き合うキャンペーンを実施しており、8月はヘリングの作品を通じて平和を考える機会としている。この年は、ヘリングが1988年に手がけた平和コンサートのポスターとともに、2010年に当時の主任学芸員が行った、広島の老舗画材店「ピカソ画房」の店主、花澤良章氏へのインタビューを紹介しようと考えていた。

 「広島の音楽イベント会社の社長さんがうちに来て『その絵描きさんが〈自分は絵でしか平和に貢献できないので、自分の作品を、平和ということを、ぜひ広島に残したい〉と言っているんだけれども、私の方では絵のことはよう分からんので、何か紹介してくれんか』という話があったんですよ。私の方も『どなたか分かりませんけど、お手伝いしましょう』と。ちょうど夏だったと思います」

 ヘリングは広島で壁画を描くことを熱望していた。なぜそれはかなわなかったのか。それまでにも聞いていた花澤氏の言葉が、なぜかこの時は心に引っかかった。(たなか・いまこ 中村キース・ヘリング美術館主任学芸員=山梨県)

(2025年4月19日朝刊掲載)

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