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社説・コラム

社説 ローマ教皇死去 核廃絶の訴え引き継ごう

 「原子力の戦争目的の使用は倫理に反します。核兵器保有もまた倫理に反します」。広島で核兵器廃絶を訴えた姿が浮かんでくる。

 2019年に被爆地を訪れたローマ教皇フランシスコがおととい、88歳で死去した。

 教皇は歴代、核兵器反対の立場を表明してきた。ヨハネ23世は冷戦下の1963年、前年のキューバ危機を念頭に核兵器禁止を主張した。81年には、ヨハネ・パウロ2世が広島で「広島を考えることは核戦争を拒否することだ」と訴えた。

 中でも、フランシスコは核兵器廃絶への思い入れが強かった。13年に教皇に就任すると、何度も核廃絶の必要性を訴えた。若き日に宣教師として日本に赴くことを熱望したものの、果たせず、教皇としてヨハネ・パウロ2世以来38年ぶりに広島、長崎を訪れたのも就任時から温めてきた夢だったという。原爆投下後の長崎で撮影された「焼き場に立つ少年」の写真を世界に広めた。

 14年には核軍縮が進まない状況に触れ「広島と長崎から人類は何も学んでいない」と核保有国を批判した。今は、核を巡る状況は当時より悪化している。各地で戦火も絶えない。人類の行く末を病床で案じていたのではないか。

 米国大統領に返り咲いたトランプ氏は、力こそ正義といった強引な姿勢で国際社会を不安と混乱の渦に突き落とした。米国と並ぶ核超大国ロシアは、ウクライナ侵攻という国際法違反の暴挙に出たばかりか、繰り返し核兵器使用をちらつかせる。中東唯一の核保有国イスラエルは、パレスチナ自治区ガザでの戦闘で一般市民を巻き添えにしているだけでなく、核使用を示唆する暴言まで閣僚から飛び出した。アジアでも、中国や北朝鮮が核軍拡にひた走る。

 核保有国に誠実な核軍縮交渉を義務付ける核拡散防止条約(NPT)は、機能不全に陥っている。5年に1度の再検討会議は2回続けて決裂した。いずれも発端は米国やロシアの強硬な態度だった。

 NPTに頼って核兵器保有国に任せていては核軍縮が進まないと、廃絶を願う国々や国際非政府組織(NGO)が実現させたのが、核兵器を全面的に禁じる核兵器禁止条約だった。教皇も成立を後押しし、真っ先に批准して国際機運を高めたが、今なお核保有国は背を向けている。日本をはじめ「核の傘」の下にある国も後ろ向きなままだ。

 そんな状況だから、教皇の死は残念でならない。率いたローマ・カトリック教会は世界の人口の2割近い約13億人の信者を持つ。悼む声が世界中に広がるのも当然だ。

 ただ、落胆している場合ではない。被爆地での教皇の言葉を思い起こそう。「核兵器から解放された平和な世界はあらゆる場所で数え切れないほどの人が熱望している」「核兵器のない世界は可能であり、必要不可欠だ」…。

 遺志を継いで核兵器廃絶を訴え続けてこそ、宗教や宗派を超え、全人類が存続する道を開くことになる。被爆地の変わらない使命でもある。

(2025年4月23日朝刊掲載)

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