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連載・特集

緑地帯 田中今子 キース・ヘリングが見た広島③

 「いつの時代も、アーティストは社会の代弁者だ」。1984年の日記に、ヘリングはそうつづっている。反アパルトヘイト、「エイズ」の予防啓発、性的マイノリティーの認知向上など、ヘリングはアートを通じて人々にメッセージを伝えた。受けた依頼が自分の哲学に合致すれば、子ども病院や教会、ビーチなど、どこにでも描いた。

 90年、エイズによる合併症のためこの世を去った。31歳だった。

 「エイズ」と診断された翌年、ヘリングは「キース・ヘリング財団」を立ち上げていた。同財団は、ヘリングの遺産を通じて、子どもたちを支援する団体やHIV・エイズに関する教育・予防・ケアに携わる団体への支援を続けている。企業がヘリングのアートを用いてTシャツを作る際に財団へ支払われる著作権料が、誰かの生活を支え、消費者もまた関心の有無を問わずサポーターになるのである。

 2007年、中村キース・ヘリング美術館は世界で唯一のヘリング専門の美術館として誕生した。ヘリング財団の認可を受けて運営する当館は、館長でありコレクターの中村和男が1980年代から収集を続ける千点以上の作品や資料を所蔵する。

 大都市で生まれたアートを、八ケ岳南麓、標高千メートルの大自然で鑑賞する。ここには、ヘリングの持つ「ヒューマニズム」こそ、現代社会に不可欠なものだという中村の思想がある。(中村キース・ヘリング美術館主任学芸員=山梨県)

(2025年4月24日朝刊掲載)

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