×

社説・コラム

社説 世界の軍事費 歯止めの議論 今こそ必要

 国際社会は危機感を持ち、歯止めの議論に入るべきだ。スウェーデンのストックホルム国際平和研究所(SIPRI)が、2024年の世界の軍事費支出を発表した。2兆7180億ドルに達し、日本円では390兆円を超えた。

 10年連続で増え、過去最高となった上に9・4%の伸び率は冷戦終結以降、最大だ。軍縮が進んだ1990年代半ばからは総額が倍増した。

 軍事費を増やしたのは100カ国を超す。ウクライナやパレスチナ自治区ガザで戦火が止まらない現状を映し、欧州や中東の急増が目立つ。

 1位米国、2位中国、3位ロシアの順は変わらないが、見過ごせないのが北大西洋条約機構(NATO)の中核をなすドイツだ。ウクライナへの軍事支援強化を踏まえて28%増え、順位は7位から4位に上がった。さらなる国防費増額のため憲法に当たる基本法を改正したばかりだ。

 SIPRIは向こう数年、さらに軍事費が増大すると予測する。それが何をもたらすのかを想像したい。生産し、購入し、配備した兵器による死傷者だけではない。戦闘が長期化すれば食糧やエネルギーの危機を生み、また別の軍事衝突の引き金となる―。

 さらに言えば軍事力優先の発想はとりわけ発展途上国で民生予算の削減につながり、自国の貧困層の苦境をエスカレートさせかねない。

 私たちはその手前にいる。当面、負の連鎖を断ち切るにはウクライナやガザの即時停戦しかないのは明らかだ。

 同時に米国を中心にかつて語られた「平和の配当」という言葉も思い起こしたい。米ソ対立と冷戦構造が消え、勝者なき軍拡に歯止めがかかった時期のことだ。浮いた分の国防費を経済再生、教育や研究開発、途上国支援に振り向ける効用が論じられた。その発想は色あせていない。

 トランプ米大統領の就任から100日。理不尽な関税で世界の非難を集める指導者は軍事費について思いつきのように発言している。「軍事予算を半分に削減しよう」とロシアや中国に呼びかけたい、と。真意は不明だが軍事費は非生産的だと自国の損得で考えている節がある。現に、条件次第ではウクライナへの軍事支援やNATOから手を引くと言わんばかりの言動が西側諸国を混乱させている。

 中長期的な視点も必要かもしれない。仮に米国が世界の安全保障で果たす役割を縮小すればどうするか。匹敵する軍事力を同盟国が持つだけなら「新冷戦」と呼ばれるロシア、中国との対立構造で軍拡の歯止めとなるだろうか。

 日本も当然関わる。SIPRIの調査で21%増となったのは「5年で43兆円」の防衛費を打ち出した安全保障政策ゆえだ。今後の日米関税交渉で防衛費のさらなる増額が迫られる可能性も否めない。

 言われるままディール(取引)の材料にするなど許されまい。平和国家としての役割は、軍拡競争に加わることでも米国の肩代わりでもない。安全保障は対話と協調が基軸であり、軍縮を最優先すべきだと世界に訴えることだ。

(2025年5月1日朝刊掲載)

年別アーカイブ