社説 戦後80年の憲法記念日 平和的生存権 見つめ直そう
25年5月3日
第2次大戦後の国際秩序が大きく揺らぐ中、日本国憲法はきょう、施行から78年を迎えた。戦後日本の指針として、憲法に掲げた平和主義の誓いを新たにしたい。
〈われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する〉
憲法前文につづられた「平和的生存権」は、平和主義の柱である。国策を誤り、国民を危機に陥れ、アジア諸国の人々に甚大な被害を与えた反省と教訓に基づく。その具体的な規範として、「戦争の放棄、戦力の不保持」をうたう憲法9条がある。
制定過程で9条に「平和」の文言を加え、25条に「生存権」を盛り込むよう訴えたのは、いずれも衆院議員の鈴木義男や広島大初代学長を務めた森戸辰男らである。
日本は戦後、憲法と日米安全保障条約の緊張関係の下に歩んできた。
自衛隊は必要最小限の実力を備えるにとどめ、「盾」に徹してきた。しかし安倍晋三政権以降、米軍との一体化を進め、「矛」の役割を拡大した。政府が「反撃能力」と言い張る敵基地攻撃能力の保有などで、「専守防衛」の在り方が変容している。
1月に返り咲いたトランプ米大統領にとって、日米同盟は「負債」のようだ。日米間の合意を覆し、在日米軍強化の停止を検討、と伝わるのも防衛面の負担増を日本に求める方便なのかもしれない。
同盟国にも容赦なく関税措置を突きつけ、中国との対立も先鋭化。多様性を尊重しない。そんなトランプ氏に追随すれば、日本に対する信頼や評価を低下させよう。
今こそ、平和主義に立ち返り、平和的生存権を希求する重層的な取り組みが必要だ。
ロシアのウクライナ侵攻に出口は見えず、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの執拗(しつよう)な攻撃はやまない。その間に世界は軍事化の方向へ進んでいる。力では平和で安定した社会をつくれない。停戦や緊張緩和に向け日本が独自の外交を展開すべき時だ。
日本だけが平和であればいい、のではない。国際社会が積み上げた秩序やルールをないがしろにしないよう、トランプ氏に注文するのも同盟国の役割ではないか。
平和的生存権と最も相いれないのが核兵器だ。存在する限り、時の政治リーダー次第で使われる可能性が否めない。核抑止力の限界だ。安全保障どころか、全人類を危険にさらす。核抑止を乗り越える議論の先頭に、被爆国日本は立たなければならない。
ヒロシマ、ナガサキの悲惨を身をもって訴えた日本被団協が昨年、ノーベル平和賞を受賞。被爆80年の今年、廃絶へ日本の具体的な行動が期待される。にもかかわらず、米国の「核の傘」の下にいることを、核兵器禁止条約に加わらない言い訳にしている。
平和的生存権が全ての基本的人権の前提であり、平和主義を貫く政治をつくるのは国民自身でもあることを、胸に刻みたい。憲法を生かすのも殺すのも、私たちである。
(2025年5月3日朝刊掲載)
〈われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する〉
憲法前文につづられた「平和的生存権」は、平和主義の柱である。国策を誤り、国民を危機に陥れ、アジア諸国の人々に甚大な被害を与えた反省と教訓に基づく。その具体的な規範として、「戦争の放棄、戦力の不保持」をうたう憲法9条がある。
制定過程で9条に「平和」の文言を加え、25条に「生存権」を盛り込むよう訴えたのは、いずれも衆院議員の鈴木義男や広島大初代学長を務めた森戸辰男らである。
日本は戦後、憲法と日米安全保障条約の緊張関係の下に歩んできた。
自衛隊は必要最小限の実力を備えるにとどめ、「盾」に徹してきた。しかし安倍晋三政権以降、米軍との一体化を進め、「矛」の役割を拡大した。政府が「反撃能力」と言い張る敵基地攻撃能力の保有などで、「専守防衛」の在り方が変容している。
1月に返り咲いたトランプ米大統領にとって、日米同盟は「負債」のようだ。日米間の合意を覆し、在日米軍強化の停止を検討、と伝わるのも防衛面の負担増を日本に求める方便なのかもしれない。
同盟国にも容赦なく関税措置を突きつけ、中国との対立も先鋭化。多様性を尊重しない。そんなトランプ氏に追随すれば、日本に対する信頼や評価を低下させよう。
今こそ、平和主義に立ち返り、平和的生存権を希求する重層的な取り組みが必要だ。
ロシアのウクライナ侵攻に出口は見えず、イスラエルによるパレスチナ自治区ガザへの執拗(しつよう)な攻撃はやまない。その間に世界は軍事化の方向へ進んでいる。力では平和で安定した社会をつくれない。停戦や緊張緩和に向け日本が独自の外交を展開すべき時だ。
日本だけが平和であればいい、のではない。国際社会が積み上げた秩序やルールをないがしろにしないよう、トランプ氏に注文するのも同盟国の役割ではないか。
平和的生存権と最も相いれないのが核兵器だ。存在する限り、時の政治リーダー次第で使われる可能性が否めない。核抑止力の限界だ。安全保障どころか、全人類を危険にさらす。核抑止を乗り越える議論の先頭に、被爆国日本は立たなければならない。
ヒロシマ、ナガサキの悲惨を身をもって訴えた日本被団協が昨年、ノーベル平和賞を受賞。被爆80年の今年、廃絶へ日本の具体的な行動が期待される。にもかかわらず、米国の「核の傘」の下にいることを、核兵器禁止条約に加わらない言い訳にしている。
平和的生存権が全ての基本的人権の前提であり、平和主義を貫く政治をつくるのは国民自身でもあることを、胸に刻みたい。憲法を生かすのも殺すのも、私たちである。
(2025年5月3日朝刊掲載)