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社説・コラム

天風録 『テレサ・テンさんの思い』

 1980年代に録音された未発表曲が見つかったと先日、ニュースが流れた。「つぐない」「時の流れに身をまかせ」で知られる歌手テレサ・テンさん。42歳で亡くなって、きょう30年になる。美しい歌声は今も多くの人を魅了する▲日本では主に女心の切なさを歌ったが、アジアの歌姫としては自由と民主主義の熱心な支持者でもあった。89年には中国の民主化運動を香港から歌を送って激励した。危険を案じる周囲の反対を振り切って。時の流れに身を任せぬ強さを持っていた▲台湾生まれで、活動の拠点は香港。両親は中国出身だった。「私はどこにいてもチャイニーズ」と語り、この地域を平和に行き来できるよう、願っていた▲死後30年、その思いは届かず、むしろ現実は後退した。中国政府は「一国二制度」を認めていた香港から自由を奪い、テレサさんの曲に支えられた反政府デモは弾圧された。中心メンバーは投獄、亡命が相次ぎ、民主派のメディアはほぼ壊滅した。台湾併合の圧力も強まっている▲テレサさんが残したプライベート写真は、勝利や平和を意味するVサインのポーズが多い。生前の思いを酌み、この地域の現実を見渡すと、なんとも切ない。

(2025年5月8日朝刊掲載)

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