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社説・コラム

社説 NPT準備委、勧告断念 保有国 まず軍縮義務果たせ

 世界各地で紛争が相次ぎ、核使用のリスクが高まっている。そんな状況を転換する足掛かりが得られなかったのは残念だ。

 来年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に向け、米ニューヨークの国連本部で開かれていた第3回準備委員会は、再検討会議のたたき台となる勧告案の採択を断念し、幕を引いた。

 鮮明になったのは核保有国と非保有国間の溝であり、保有国同士の意見の相違である。保有国に軍縮交渉義務を促す「再検討プロセスの強化」と題された成果文書の採択も見送られた。再検討会議の先行きに影を落とす。

 勧告案は核兵器の「先制不使用」政策を保有国に求め、核兵器禁止条約を「核兵器のない世界に向けた貢献に留意する」と評価する内容だ。

 「再検討プロセスの強化」は、保有国に核戦力や核軍縮の取り組みについて国別報告の提出を求めるのが柱である。草案段階で盛り込んだ核抑止や核共有の再考を促す記述は、保有国や核抑止に依存する国の反発を受けて削除したが、議論の俎上(そじょう)に載せた意味は小さくない。

 二つの文書を巡って見えてくるのは、核兵器が世界の安全保障への脅威だとする非保有国の訴えに、保有国などが正面から向き合わぬ構図だ。

 非保有国からは、保有国が軍縮交渉義務を果たさないNPT体制へのいら立ちを訴える意見表明が相次いだ。

 これに対し、保有国などは安全保障の環境整備が先決と主張し、停滞する現状を正当化すらした。順序があべこべではないか。核軍縮の進展と核戦力の透明化こそ、安全保障につながる道筋だ。

 ロシアのウクライナ侵攻や中東情勢を巡って分断は深まり、トランプ米政権の核政策も不透明だ。前回2022年の再検討会議は初めて2回連続の決裂となった。3回目の「失敗」が現実味を帯びる。保有国も参加する、核軍縮に向けた唯一の国際的枠組みの存在意義が揺らいでいる。

 この隙に「脱退」を表明した北朝鮮は核・ミサイル開発を進め、非加盟の保有国イスラエルはパレスチナ自治区ガザを執拗(しつよう)に攻撃。保有国同士のインドとパキスタンが武力衝突し、核戦争の危機に直面した。国際社会はこうした国々の好き勝手を許してはならない。そのためにもNPT体制の立て直しが急務だ。

 だからこそ「橋渡し役」が重要だ。その役割を果たすと公言する被爆国日本の存在感は薄かった。核抑止の再考を促そうとした議長方針に、核の傘に頼る立場から反発したため、合意形成へ身動きが取れなくなったのではないか。

 非保有国のインドネシアは討議で「核抑止に頼る国は核兵器に依存しない安全保障を追求する責任がある」と訴えた。日本政府は真剣に受け止め、核抑止からの脱却に踏み出すべきだ。

 その上で各国に対話を促し、核の脅威の引き下げと再検討会議での最終文書合意に向けて力を尽くさねばならない。このまま被爆80年の節目を迎えるわけにはいかない。

(2025年5月11日朝刊掲載)

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