天風録 『南アジアの火薬庫』
25年5月10日
元インド兵の左脚は膝から下が失われていた。パキスタン国境カシミール地方の領有権を巡る紛争での戦傷らしい。20年前、核を持ってにらみ合う両国を取材した際に会った。それでも「テロを防ぐため。また命令されれば行く」と聞き、ショックを受けた▲「南アジアの火薬庫」ともいわれるその国境でまたしても火花が散っている。テロを機にインド軍がパキスタン領内を空爆した。パキスタン軍もすぐに反撃し、あまたの血が流れている▲火薬庫での衝突がどれだけ危険を伴うか。今すぐ報復の連鎖を断ち切らなくてはならない。それには互いの不信感を取り除く努力が要る▲「母国では、悪魔と口を利くのかと言われた。でも彼らはなんて素晴らしいの」。かつて広島で交流した印パの若者が語っていた。両国の次世代を被爆地に招いて核兵器の危険を伝え、心通わせてもらう試みである。1998年の核実験応酬に危機を感じた市民たちが、寄付を募るなどし2007年まで続けた▲外国の政府首脳で初めて被爆地を訪れたネール・インド初代首相は、市民を前に演説した。私は「ヒロシマを学べ」と世界に訴える―。広島の私たちにもきっとできることがある。
(2025年5月10日朝刊掲載)
(2025年5月10日朝刊掲載)