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連載・特集

現在地 広島サミットから2年 <上> かすむ核なき世界

 広島市で初めて先進7カ国首脳会議(G7サミット)が開かれて2年がたつ。2023年5月19~21日、核兵器保有国を含む参加国のトップたちが平和記念公園(中区)を訪れ、原爆慰霊碑に献花した。ただ、開催を追い風に国内外からの来訪者が増える被爆地をよそに、核を巡る国際情勢には逆風が吹いている。広島サミットがもたらした成果と課題の今をみる。(樋口浩二)

抑止力への依存強まる

平和行政 市民の力を

 大型連休明けの平日。広島市中区の平和記念公園にあるG7広島サミット記念館で、欧米からの観光客や子どもたちが展示ケースを見詰めていた。視線の先には2年前、原爆資料館で被爆の惨禍に触れた首脳たちがしたためた芳名録のレプリカがあった。

 核超大国、米国のバイデン大統領(当時)は「核兵器を最終的に、そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう」。同じく核保有国フランスのマクロン大統領は「平和のためだけに行動することが、私たちに課せられた使命」…。

 核保有国の英国から訪れたナディア・ミーシャニンさん(67)は首脳が被爆地に集った意義を認めつつ、表情を曇らせる。「世界の紛争はどこまで広がるのか。いずれ、息子が戦地に送り込まれないか。本気で心配なんです」

 ロシアによるウクライナ侵攻は3年を超え、パレスチナ自治区ガザではイスラエルによる攻撃がやまない。インドとパキスタンは核保有国同士で今月、軍事衝突した。インドのモディ首相も広島サミットの拡大会合に参加し、資料館で企画展示に見入る様子を交流サイト(SNS)に投稿していた。

 「核兵器を使わない、核兵器で脅さない、人類の存続に関わるこの根源的な命題を今こそ問わなければならない」。広島サミットで議長を務めた地元選出の岸田文雄首相(当時)は閉幕の記者会見でこう説いた。

 首脳声明には「核兵器のない世界」を目指す姿勢を盛り込み、肝いりでまとめた核軍縮文書「広島ビジョン」では「核兵器数の減少」の継続をうたった。しかし、この2年、核軍縮の進展は見られない。むしろ、広島ビジョンでG7の安全保障政策として肯定した核抑止に、核保有国も、日本を含む米国の「核の傘」の下の国も依存を強めている。

 「核兵器廃絶から遠ざかっていると思わざるを得ない」。松井一実市長は14日の記者会見で2年たった現状にうなだれた。核保有国同士の不信感の連鎖が核軍縮を阻んでいるとの見方を示し、「一歩踏み出すことが必要だ」と訴えた。

 嘆いてばかりいられない。今、市に求められるのは―。原爆資料館長を務めた被爆者の原田浩さん(85)=安佐南区=は被爆50年の1995年に、市民が50年後に向けメッセージを書き残す「ひろしま21世紀へのはがき」事業に奔走。9万通余りを集めた経験を基に、「市民と伴走する平和行政」こそ、今求められていると言い切る。

 市が打ち出した被爆80年事業を「サミットの検証もないままに、一過性のイベントが目立つ」と指摘し、古巣に望む。「被爆者は老い、残された時間は少ない。市民と共に平和を築いていく取り組みに本腰を入れる時だ」。日本を含め、各国の為政者を動かすのは幅広い市民の声だからだ。

G7広島サミット
 2023年5月19~21日、広島市南区のグランドプリンホテル広島を主会場に開かれた。G7サミットの被爆地開催は初。核兵器を持つ米英仏3カ国を含む7カ国と欧州連合(EU)の首脳が出席し、岸田文雄首相が議長を務めた。初日に、首脳がそろって平和記念公園を訪れて原爆資料館で被爆資料の一部を見学し、被爆者と対面。原爆慰霊碑に献花し、原爆ドームを眺めた。同日、核軍縮に特化した初の合意文書「広島ビジョン」をまとめた。ウクライナのゼレンスキー大統領も最終日に電撃参加した。

(2025年5月20日朝刊掲載)

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