社説 広島サミット2年 開催の意味 風化したのか
25年5月20日
もはや、ずいぶん前のことのように思えてくる。2年前のきのう、被爆地広島が全世界の注目を集めた。先進7カ国首脳会議(G7サミット)が開幕したからだ。
核保有国の米英仏を含む首脳が平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に献花した場面が歴史に残るのは間違いない。地元選出の首相、岸田文雄氏の晴れ舞台でもあった。
人類が初めて核兵器の惨禍を被った都市でサミットを開く。それ自体の意味は大きかったと私たちは考えている。しかし核兵器廃絶への道筋を確かなものに、という被爆地の期待から大きく外れた結果は、今振り返っても禍根を残したと思わざるを得ない。
成果文書の一つ「広島ビジョン」は米英仏の核保有を容認し、廃絶どころか核抑止論に固執して画期的な核兵器禁止条約には触れてもいなかった。岸田氏はサミット閉幕の際に「核なき世界という未来への道を着実に進む必要がある」と述べたが、この2年の日本や世界における機運の停滞を見れば、言葉だけだったのかと考えたくなる。このサミットに被爆者たちが抱いた違和感は拭えないままだ。
世界情勢は混迷を続ける。ロシアとの停戦交渉が前に進まないウクライナ、戦火が再び拡大するパレスチナ自治区ガザ。厳しい現実の中で広島サミットの政治的なレガシー(遺産)はどこまであろう。核軍縮でも明らかに踏み込み不足の広島ビジョンですら、既に空文化していないか。
広島に集った首脳も次々と表舞台を去った。G7のうち在任中はフランス、イタリアだけ。米大統領バイデン氏は2期目の立候補断念に追い込まれた。英首相スナク氏、カナダ首相トルドー氏、ドイツ首相ショルツ氏も自国の政局で行き詰まり、その座を追われた。岸田氏も政治とカネの問題を機に首相を辞任した。
さらに言えば韓国大統領としてサミット拡大会合に参加した尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏も「非常戒厳」を宣言して弾劾され、失職した。核保有国インドのモディ首相は自国の支持基盤が弱まり、停戦に至ったとはいえ核を持つパキスタンとの交戦をためらうことはなかった。
彼らは原爆資料館で限定的だが被爆資料を見て、被爆者の話も聞いたはずだ。その経験と平和への決意が生かされていないなら、やるせない。国際社会では広島サミットは風化しつつあるのだろうか。
そもそもG7が協調する枠組み自体がここにきて大きく揺らいでいよう。一方的な関税強化を打ち出したトランプ米大統領ゆえだ。6月にカナダで開くサミットは最初の先進国首脳会議から50周年だが、関税問題一色になることは容易に想像できる。しかし被爆80年の今こそ、核兵器を巡る議論を仕切り直したい。
初のサミット出席となる石破茂首相は、岸田前政権時代より姿勢と熱意を後退させてはならない。被爆国として各国の関心を引き戻し、廃絶への機運を高めるべきだ。トランプ氏をはじめ首脳たちには広島・長崎を訪れて核戦争の実態を知るべきだと、改めて働きかけてもらいたい。
(2025年5月20日朝刊掲載)
核保有国の米英仏を含む首脳が平和記念公園を訪れ、原爆慰霊碑に献花した場面が歴史に残るのは間違いない。地元選出の首相、岸田文雄氏の晴れ舞台でもあった。
人類が初めて核兵器の惨禍を被った都市でサミットを開く。それ自体の意味は大きかったと私たちは考えている。しかし核兵器廃絶への道筋を確かなものに、という被爆地の期待から大きく外れた結果は、今振り返っても禍根を残したと思わざるを得ない。
成果文書の一つ「広島ビジョン」は米英仏の核保有を容認し、廃絶どころか核抑止論に固執して画期的な核兵器禁止条約には触れてもいなかった。岸田氏はサミット閉幕の際に「核なき世界という未来への道を着実に進む必要がある」と述べたが、この2年の日本や世界における機運の停滞を見れば、言葉だけだったのかと考えたくなる。このサミットに被爆者たちが抱いた違和感は拭えないままだ。
世界情勢は混迷を続ける。ロシアとの停戦交渉が前に進まないウクライナ、戦火が再び拡大するパレスチナ自治区ガザ。厳しい現実の中で広島サミットの政治的なレガシー(遺産)はどこまであろう。核軍縮でも明らかに踏み込み不足の広島ビジョンですら、既に空文化していないか。
広島に集った首脳も次々と表舞台を去った。G7のうち在任中はフランス、イタリアだけ。米大統領バイデン氏は2期目の立候補断念に追い込まれた。英首相スナク氏、カナダ首相トルドー氏、ドイツ首相ショルツ氏も自国の政局で行き詰まり、その座を追われた。岸田氏も政治とカネの問題を機に首相を辞任した。
さらに言えば韓国大統領としてサミット拡大会合に参加した尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏も「非常戒厳」を宣言して弾劾され、失職した。核保有国インドのモディ首相は自国の支持基盤が弱まり、停戦に至ったとはいえ核を持つパキスタンとの交戦をためらうことはなかった。
彼らは原爆資料館で限定的だが被爆資料を見て、被爆者の話も聞いたはずだ。その経験と平和への決意が生かされていないなら、やるせない。国際社会では広島サミットは風化しつつあるのだろうか。
そもそもG7が協調する枠組み自体がここにきて大きく揺らいでいよう。一方的な関税強化を打ち出したトランプ米大統領ゆえだ。6月にカナダで開くサミットは最初の先進国首脳会議から50周年だが、関税問題一色になることは容易に想像できる。しかし被爆80年の今こそ、核兵器を巡る議論を仕切り直したい。
初のサミット出席となる石破茂首相は、岸田前政権時代より姿勢と熱意を後退させてはならない。被爆国として各国の関心を引き戻し、廃絶への機運を高めるべきだ。トランプ氏をはじめ首脳たちには広島・長崎を訪れて核戦争の実態を知るべきだと、改めて働きかけてもらいたい。
(2025年5月20日朝刊掲載)