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実践重視 前教皇の遺志継ぐ 「核なき世界基金」5年 広島の白浜司教に聞く

被爆地での演説 勇気づけられた

活動を延長 より意義深いものに

 4月に死去した前ローマ教皇フランシスコは、2019年に被爆地の広島、長崎を訪れ、演説で核兵器廃絶を訴えた。この演説に背中を押され、カトリック広島司教区(広島市中区)などは20年7月、「核なき世界基金」を設立。民間の平和活動を支援してきた。設立から5年を迎え、前教皇の「遺産」はどのように展開しているのか。同司教区の白浜満司教(63)に聞いた。(城戸良彰)

 ―基金の創設には、前教皇の演説が大きな後押しになりました。

 広島司教区はもともと核廃絶や平和の問題に力を入れており、16年に着任してから何かできないかと構想はしていた。ただ宗教団体として、政治的言動と取られないか慎重になっていた。そうした中で前教皇が率先し、核廃絶へ踏み込んだメッセージを発してくれたことに勇気づけられた。

 ―今年3月末時点で、基金に1032人から計約2366万円の寄付が寄せられました。

 決して大きな額ではないが、1口500円から草の根で集まったことに誇りを感じる。これまでに、核兵器廃絶日本NGO連絡会(東京)が開くイベント費用や、日本被団協が核兵器禁止条約の締約国会議に出席するための費用、被爆者の国内外での証言活動にかかる旅費など、おおむね10万~50万円の支援を50件実施してきた。

 昨年の日本被団協のノーベル平和賞受賞は、後押しできた一員としてうれしかった。授賞式へ向かう渡航費の一部も基金から支援した。やはり政教分離の観点から各国政府に直接、核廃絶を訴えるのは難しいので、さまざまな民間の取り組みを裏方で支えたい。

 ―基金が掲げる目的の一つに、「世界の核兵器由来の放射能被害者の支援」とあります。広島、長崎の被爆者だけでなく、核実験などによる被曝(ひばく)も念頭に置いていますね。

 隣人愛に基づき、非暴力を鉄則としながら迫害に立ち向かうことはカトリックの原点と言える。太平洋マーシャル諸島やカザフスタンのセミパラチンスクなどの核実験被害者らは、十分な救済を得られていない。彼らに光を当てることは核の非人道性を浮き彫りにし、間接的だが、核保有国への圧力を強めることにもつながるのではないか。

 ―基金の理念とカトリックの教えには密接な関係があるのですね。

 新約聖書の「ルカによる福音書」に「善きサマリア人のたとえ」という一節がある。強盗に襲われ傷ついた人がいて、祭司らは見て見ぬふりをしたが、旅のサマリア人は介抱してやった。登場人物の中でけが人に隣人愛を持って接したのは、サマリア人だけだ。

 この一節は、最も重要なおきてである隣人愛の形骸化を戒め、実践を強く求めている。祭司であっても、教えを実践できなければ偽善となってしまう。平和を語ることは容易だが、私たちは傷ついた人に手を差し伸べることができているか。そう問われているように思える。この考えが基金の精神的なバックボーンになっている。

 ―前教皇も実践を重視されました。

 折に触れて行動することを求めていた。広島演説でも触れたように、核兵器の使用だけでなく保有や製造も罪だと断じたのも重要な視点だ。国のお金を兵器に投じれば、貧しい人への支援が滞る。単なる理想ではなく、貧者の救済という実践を一体のものとして説いた。

 8日に選出された新教皇レオ14世も以前、「司教は自分の王国に閉じこもる小さな王子であってはならない」と話された。実践を重視した前教皇の路線を継承されるだろう。

 基金は当初、5年で終える予定だった。多くの方の賛同を得て、さらに5年続けられることになった。前教皇の遺志を継ぎ、基金をより意義深いものにしていきたい。

しらはま・みつる

 1962年長崎県生まれ。90年に司祭に叙階され、日本カトリック神学院院長などを経て2016年9月から現職。

(2025年5月26日朝刊掲載)

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