[表現者の戦後・被爆80年] 漫画家 こうの史代さん(56) 描きたいのは 日常の幸せな暮らし
25年5月31日
新しい題材に挑戦 読者の裾野広げる
「街角花だより」で1995年にデビューし、漫画家生活30周年となる広島市西区出身の漫画家こうの史代さん(56)。たった一人の手仕事から生まれる作品は、何げない日常の風景から人生の深淵(しんえん)をのぞかせる。漫画表現の可能性に挑む冒険心と、読者の裾野を広げようと格闘する使命感。新しい題材に取り組みながらも、その軸はぶれない。(渡辺敬子)
≪2003年に「夕凪(ゆうなぎ)の街」を発表し、続編の「桜の国」2作と合わせた「夕凪の街 桜の国」が翌年刊行された。続く「この世界の片隅に」と共に各国で読み継がれる代表作になった。≫
最初は恐る恐るだった。被爆者でない作者の原爆の漫画はあまり見ないので「あれが違う、これがない」と検閲があって出版してもらえないのかなと思ったほど。「原爆」の言葉をなるべく使わずに描けばくぐり抜けられるかと「夕凪の街」には二つくらいしか出てこない。漫画だからできる表現方法として先例をつくってみたかった。
漫画のことばかり考えてきた私は「漫画を描く手」を持っている。「夕凪の街」を描いて、恋人のように向かい合ってきた漫画が、同じ方向を向き一緒に生きていく伴侶になったと感じた。
経験を積んで比較的楽に描ける漫画は若い人に譲り、下調べにお金や時間がかかる難しいものに挑戦しようと決めた。みんなが知りたい題材を選べば役に立てるし、私も勉強できる。
戦時中の呉が舞台の「この世界の片隅に」もそうだった。ただいったん評価されると、似たものを求められる。連載中は「なぜ前作のように原爆を描かないのか」としつこく聞かれ、反応もいまひとつ。ずっと孤独だった。それも10年後、映画になると前作より褒められた。今思えば、孤独だったからこそ描けた気もする。
≪5月に金沢市から始まった30周年の原画展は、デビュー前も含む創作の歩みをたどる。小さな命を慈しむ主人公がユーモアとアイロニーたっぷりに現実と向き合う勇気を与えてくれるのは「こっこさん」「長い道」など初期作品から一貫している。≫
ずっと描こうとしているのは日常の幸せな暮らし。過ぎてゆく美しい日々を書き留めたいという気持ちは最初からずっと変わらない。思い出したら、あの時は幸せだったなと思えるようなこと。夜寝る前に友達に電話したり、たわいもない手紙をやりとりしたりというような。世の中には悲しい、つらいことがいっぱいある。せめて漫画は楽しくしたい。
日常の幸せが壊れる瞬間を初めて最後まで描いたのが「夕凪の街」だった。途中までの幸せが最後の不幸の伏線と示せば、もう1回読んでもらえるのだと分かった。そこまで描かないと、伝わらないということも。
≪太陽の女神アマテラスに生き生きとした表情を与えた「ぼおるぺん古事記」を11年に開始。「日の鳥」は、東日本大震災で行方不明になった妻を探すニワトリの視点で描く1こま漫画だ。≫
ニワトリは日の出前から太陽を呼び寄せるように鳴く。東北に再び日が昇り復興する様子を描き留めようとした。この頃からは伴侶だった漫画が体の一部になり、目の見えない人が使う白杖(はくじょう)のように私が世の中を確かめる手だてになっている。
「日の鳥」のストーリー漫画を構想中に出合ったのが般若心経。22年に広島でおりづるタワーの壁画に描いた梵字(ぼんじ)の般若心経には、犠牲者を慰霊する気持ちを忘れないでいてほしいという思いを込めた。
翌年からブログで連載し、ことし4月に刊行した「空色心経(そらいろしんぎょう)」は般若心経を説きながら、新型コロナウイルス禍の身近な生と死を描く物語。堂々巡りで同じことを繰り返しながら、らせんのように少しずつ違う階層へ上がる構造を持つ心経は複雑で難しい。漫画という絵と文字で説明すれば分かりやすくなるだろうと、黒と水色の2色で次元の異なる世界を表現してみようと挑戦した。
≪核分裂を発見した一人で女性科学者のリーゼ・マイトナーの仕事と豊かな人間性に光を当てた短編「リーゼと原子の森」や、比治山大短期大学部での講義から生まれた「ヒジヤマさん」の連作を収めた短編集も4月に出た。≫
リーゼを知ったのは震災後。私が漫画に出合って物事を漫画で考えるように、物理から生きるすべを学んでいる。放射線の危険性も理解していた。功績がありながら名が残らなかったのはなぜか。いつかは長編で彼女を描くつもりでいる。
日本の漫画市場は大きくなったが、前にヒットしたものを続けているだけ。裾野は広がらず、先鋭化している。大きな恐竜が絶滅したように、ふとした環境の変化で崩れてしまいかねない。普段は漫画を読まない人にも届くように新しい漫画の裾野を広げたい。どんなにつらいテーマでも繰り返し読んでもらえる作品にしたい。木の命と引き換えに紙が作られ本になる。何度も読めるものにしないともったいない。
被爆者が語る機会はだんだん減り、代わりに次世代が伝える過渡期を迎えている。原爆や戦争を表現する難しさも20年前とは違う。でも平和を望む心が根底にある戦争漫画は、戦後の漫画史の伝統の一つ。歴史も地理も政治も苦手な私にできたのだから、若い創作者にも取り組んでほしい。私も年内には「日の鳥」の新作を始めるつもりだ。
こうの・ふみよ
広島大中退、放送大卒。「夕凪の街 桜の国」でメディア芸術祭マンガ部門大賞、手塚治虫文化賞新生賞。「ぼおるぺん古事記」で古事記出版大賞稗田阿礼賞。漫画の表現記号を説く「ギガタウン漫符図譜」、百人一首を現代語訳した「百一」など著作多数。夫の実家がある京都府福知山市在住。
(2025年5月31日朝刊掲載)