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[ヒロシマドキュメント 被爆80年] 2023年5月19日 広島サミット

被爆者 首脳に惨禍証言

 2023年5月19日。被爆者の小倉桂子さん(87)=広島市中区=は、先進7カ国首脳会議(G7サミット)で平和記念公園(中区)を訪れた首脳たちと原爆資料館の東館3階で対面した。原爆投下国で核超大国の米国のバイデン大統領、同じく核を持つ英国のスナク首相、フランスのマクロン大統領がいた。

1羽の折り鶴

 東館には、犠牲者の遺品の三輪車や学生服、被爆10年後に白血病のため12歳で亡くなった佐々木禎子さんの折り鶴が特設された。首脳たちは「互いに話したり、うなずき合ったりしていました」と小倉さんは明かす。

 英語での証言では、自身の被爆体験に、禎子さんの話も交えて被爆者の心身をむしばみ続ける放射線の影響を強調し、核兵器廃絶への思いを伝えた。熱心に聞き入った首脳たちと一人一人握手を交わした。米政府関係者からは上着のポケットに1羽の折り鶴を差し入れられたという。「被害者に対する、何らかの表現だったのでしょうか」と受け止める。

 芳名録には、首脳たちの真摯(しんし)な言葉が並んだ。「世界から核兵器を最終的に、そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう」(バイデン氏)「私たちが、心と魂を込めて言えることは、繰り返さないということだ」(スナク氏)。見学後、南区のホテル、宮島(廿日市市)の旅館を会場に、ウクライナ情勢や核軍縮・不拡散などを討議した。

核抑止を肯定

 その夜、核軍縮に関する「広島ビジョン」を発表。広島と長崎は「かつてない壊滅と極めて甚大な非人間的な苦難」を想起させるとし、ロシアのウクライナ侵攻に伴う「核の脅し」を非難した。ただ、「核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべき」と、事実上核抑止を肯定した。

 「核兵器があるから世界は安全という考え方で全く賛成できない」(日本被団協の箕牧(みまき)智之代表委員)「自国の核兵器は肯定し、対立する国の核兵器を非難するばかりの発信」(サーロー節子さん)…。核兵器を「絶対悪」と訴える被爆者たちは、相次ぎ批判した。

 サミットは異例の展開を見せ、最終日の21日にウクライナのゼレンスキー大統領が急きょ参加。小倉さんは再び資料館東館で被爆体験を話した。この日朝は、拡大会合に出席した韓国の尹錫悦(ユンソンニョル)大統領が韓国人原爆犠牲者慰霊碑に献花した。

 3日間で広島の被害に多方面から関心が向けられた一方、閉幕後も核軍縮の進展は乏しく、ウクライナの戦火は続く。小倉さんは「国際政治の難しさ」を感じつつ、前を向く。「35年くらい前、米国で話をすると100%の人に『原爆投下は正しかった』と言われ、あぜんとしました。少しずつ変わってきた。むなしくなるときもあるけど、語り続けるしかない」

 閉幕5カ月後の23年10月には事実上の核保有国イスラエルが、イスラム組織ハマスと戦闘を開始。イスラエルの閣僚はパレスチナ自治区ガザへの核攻撃を「選択肢の一つだ」と述べ、米国の国会議員からも同趣旨の発言が伝わった。

 決して繰り返してはならないという訴えを幾度も踏みにじられ、「むなしさ」を感じてもおかしくない国際情勢下で、被爆者は核兵器が人間に何をもたらすのかをひたすらに伝え続けた。被爆80年が迫る中、遠く北欧から敬意のまなざしが向けられていた。(下高充生)

(2025年6月3日朝刊掲載)

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