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[戦後80年 遺構を巡る 芸南賀茂] 板城探照灯台跡(東広島市板城地域) 原爆の閃光 目撃の記録

 東広島市の西条町馬木と西大沢の境に位置する大迫山(343メートル)。登山道の中腹に「戦争遺跡」の看板とともに二つの石垣が並ぶ。太平洋戦争で、敵機を見つけるために旧海軍が設けた「板城探照灯台」の跡地で、探照灯や高射砲があったとみられる。

 呉鎮守府がまとめた原爆に関する調査報告書には、原爆の投下直後の板城からの目撃情報として「B29見えたる瞬間強烈なる閃光(せんこう)に驚けり」という記載がある。探照灯台そのものについての詳しい資料は残っていない。

 ただ、当時の子どもたちは記憶にとどめていた。近くの板城小の創立130周年記念誌に、1943年の高等科卒業生は「軍用トラックが積んで来た、高射砲台を築くための赤煉瓦(れんが)を運び上げた」と、勤労奉仕について書いた。住民の話を聞き、遺構を調べた川尻伸宏さん(83)=西大沢=は「片方の石垣付近には今も赤れんがが残る。高射砲の跡地ではないか」と語る。

 川尻さんは、現地を訪れる板城小の児童に遺構の解説をしてきた。「当時、この場所に何があったのかは、資料も残っておらず詳しくは分からない。でも経験者から話を聞いたからには伝え続けないといけない」と力を込める。(長野葵)

(2025年6月5日朝刊掲載)

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