天風録 『夏は来ぬ』
25年6月8日
「夏は来ぬ」という童謡がある。卯(う)の花の匂う垣根に、時鳥(ほととぎす)早も来鳴きて…。明治時代にできた難しい歌を知る若者が意外といるらしい。このアニメのおかげだろう。被爆43年の夏にNHKが放映した「夏服の少女たち」▲建物疎開に動員され、被爆死した県立広島第一高等女学校1年生たちの日常を描く。遺族が語る映像を織り交ぜた作品は少女たちの日記を基にした。物資がなく古着から手縫いした夏服が完成し、記念にと先生にせがんで合唱するのがこの歌なのだ▲程なく訪れる閃光(せんこう)の場面とともに胸に刻まれる秀作はDVDにもなり、全国の平和教育の現場で生かされてきた。主人公の一人が森脇瑤子さん。あす原爆資料館に遺品の数々が託される▲その日記は既に出版されている。「明日から家屋疎開の整理だ。一生懸命がんばろうと思ふ」。被爆前日の文字に心が痛む。幼い頃からの作文や習字、愛用した万年筆やハンカチなども13年の短い生涯の大切な証しだ▲「夏は来ぬ」が載る音楽教科書も寄贈される。ただ女学校のノートは勤労奉仕ゆえか空白が目立つ。学びたくても学べないうちに無念の死を迎えた少女たちを、絶対に忘れまい。被爆80年の夏が来た。
(2025年6月8日朝刊掲載)
(2025年6月8日朝刊掲載)