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社説・コラム

社説 被爆者10万人割れ 記憶継承に国も責任持て

 被爆者健康手帳を持つ被爆者が3月末時点で9万9343人となり、10万人を下回る見通しとなった。本紙が全国の自治体から個別に情報を得て積み上げた。一部自治体が暫定値と説明しているため、「見通し」としている。

 ピークだった1980年度末の37万2264人と比べ、ほぼ4分の1に減った。広島県内も初めて5万人を割り込んだ。被爆80年となり「被爆者なき時代」が近づいていると実感せざるを得ない。被爆の記憶をいかに継承していくか、正念場を迎えている。

 ここで言う被爆者はあくまで、原爆医療法(被爆者援護法の前身)に基づき1957年4月以降に手帳を取得した人のうちの生存者数だ。

 広島、長崎で被爆し、苦しむ人の存在を国が初めて認め、不十分ながら援護策を定めたのが同法だった。

 米軍の原爆投下から既に11年7カ月がたっていた。この空白に加え、連合国軍総司令部(GHQ)によるプレスコードで原爆被害の情報がひた隠しにされた期間もあった。

 このため被爆後に別の土地で生活基盤を築いた人の中には、制度自体を知らなかったり、差別を懸念して取得しなかったりした人も少なくないはずだ。今からでも、援護の枠外にいた人たちの掘り起こしを進めるべきだろう。

 国家補償を求め、核兵器廃絶を訴えてきた日本被団協に昨年ノーベル平和賞が贈られたのは、「核のタブー」の確立に貢献したことが評価されたからだ。ひとたび核兵器を使うとどうなるか、被爆者が身をもって証言してきたからこそ、世界は核の惨禍を繰り返さずに済んだ。

 被爆者の平均年齢は広島市で85・8歳、広島市を除く広島県は87・0歳となった。高齢で証言や手記の執筆が難しい人が増え、幼くして被爆した人の割合も高まっている。

 被爆の実態を直接知る人たちの証言を聞くことができる時間はわずかしか残されていない。次の世代に継承する取り組みをこれまで以上に進めていかねばならない。当事者に代わり証言を担う「被爆体験伝承者」の育成も課題だ。

 その点でもっと活用されていいのが厚生労働省が10年ごとに募る被爆体験記だ。これまでに寄せられ、国立広島原爆死没者追悼平和祈念館で公開されている体験記は15万編に及ぶ。

 本年度は全被爆者から募る。30年ぶりの取り組みだ。国は全国の自治体や被爆者団体、民間団体と協力して証言を掘り起こしてもらいたい。

 被爆者がなぜ「核兵器のない世界」を求めるのか。その思いを理解するためには、一人一人の人生を理解することが必要だ。心の苦しみを含めた被害が現在と地続きだと受け止めることができれば、若い世代が自分ごとに置き換えて考えることにつながる。

 被爆者援護法は「原爆の惨禍に関する国民の理解を深め、その体験の後代の国民への継承を図る」と国の責任を明記する。体験記を国民共有の財産として未来にどのように発信していくのか。より危機感を持って考えたい。

(2025年6月13日朝刊掲載)

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